固定残業代が否定されて未払残業代請求が認められた事例

 京都第一法律事務所の弁護士渡辺輝人先生がご担当された未払残業代請求事件の大阪高裁平成29年3月3日判決・鳥伸事件(労働判例1155号・5頁)を紹介します。渡辺輝人先生は,おそらく日本の弁護士の中で最も残業代請求に精通している弁護士だと思います。

 

 被告会社は,鶏肉の加工・販売及び飲食店の経営をおこなっており,原告は,被告が京都のデパートの店内に出店していた店舗において鶏肉の加工・販売業務に従事していました。原告は,被告を退職後,被告に対して,未払残業代元金241万5168円,遅延損害金,付加金の支払を求めて提訴しました。

 

 被告会社の賃金規程には,「時間外労働割増賃金及び休日労働割増賃金として毎月一定額を支給する」と規定されており,雇用契約書には,賃金として「月給250,000ー円残業含む」と記載されていました。被告会社から原告に対して,基本給18万8000円,残業手当として6万2000円が支給されていました。被告会社は,残業手当は定額の時間外労・休日労働手当として支給されたものであるから,割増賃金の算定基礎には含まれないと主張して争いました。

 

 判決では,「定額の手当が労働基準法37条所定の時間外等割増賃金の代替として認められるためには,少なくとも,その旨が労働契約の内容になっており,かつ,定額の手当が通常の労働時間の賃金と明確に判別できることが必要である」として,被告会社の賃金規定のみでは,基本給及び残業手当の各金額が明らかではないこと,求人広告では給与25万円とのみ記載されており,雇用契約書でも「月給250,000ー円残業含む」と総額が記載されているのみであって,そのうち幾らが基本給であり,幾らが時間外・休日労働手当の代替なのかは明らかにされてないことから,基本給の額と残業手当の額が明確に区別されていないと判示されました。そして,本件の残業手当の支払をもって,時間外労働割増賃金の代替としての支払とは認められず,時間外割増賃金の算定基礎は,基本給と残業手当の合計25万円と認められるとしました。

 

 被告会社は,残業手当として残業代を支払っているので,基本給18万8000円をもとに残業代を計算すべきと主張したのですが,原告の給料総額25万円をもとに残業代を計算することとなったため,被告会社が支払うべき残業代が多くなったのです。

 

 未払残業代を請求する事件では,固定残業代が争点になることが多いので,労働者側が勝訴した事案として紹介させていただきます。

 

地位保全仮処分申立事件において保全の必要性が認められれた事件

 解雇を裁判で争う場合,通常訴訟,労働審判,仮処分の3つの裁判手続の中から選択します。通常訴訟や労働審判ですと,解雇が客観的合理的理由がなく,社会通念上相当ではないとして無効になるか否かが争点となります。これに対して,仮処分の場合,解雇が無効か否かにプラスして,労働者が「保全の必要性」を疎明しなければなりません。地位保全仮処分における保全の必要性とは,労働者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるために必要と認められることをいいます(民事保全法23条2項)。要は,今すぐ会社へ職場復帰しなければ,労働者にとても大きな不利益が生じてしまうようなこと(特殊な職種で就労できないことにより専門的技術が低下すること,就労が資格や免許の要件になっていること等)を疎明する必要があるのです。

 

 この保全の必要性のハードルが高いので,よほどの事情がない限り,通常訴訟か労働審判を選択することが多いのが現状です。

 

 ところが,この保全の必要性を認めて,地位保全の仮処分が認められた決定があるので紹介します。東京高裁平成28年9月7日決定・学校法人常葉学園事件(労働判例1154号・48頁)です。この事件は,学校法人から懲戒解雇された短大の准教授が,懲戒解雇は無効であるとして,労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることの仮処分命令の申立をしたものです。

 

 まず,申立人に対する懲戒事由が認められるものの,申立人の非違行為に対する懲戒処分としては,懲戒解雇より緩やかな停職等の処分を選択した上で,申立人に対して教職員としてとるべき行動について指導することも十分に可能であったとして,本件懲戒解雇は重きに失するとされました。要するに,今回の違反行為に対して懲戒解雇は処分として重すぎるので,懲戒解雇の相当性は認められないと判示されました。

 

 その上で,保全の必要性については,申立人は,教育・研究活動に従事する者であり,申立人の教職員の地位を離れては,申立人の教育・研究活動に著しい支障が生じることが明らかであり,学校法人との間で労働契約上の権利を有する地位を仮に認めなければ,申立人に回復し難い著しい損害が生じるとして,保全の必要性を認めました。

 

 大学教授等の研究者の場合,解雇を裁判で争っている間に研究ができなくなると,能力が次第に低下していき,大学教授として再起できなくなるリスクがあることから,保全の必要性が認められやすいのかもしれません。仮の地位を定める仮処分において保全の必要性が認めれた珍しい事例ですので紹介しました。

 

ホワイト認証制度の紹介

今年の3月から一般社団法人ホワイト認証推進機構がホワイト認証制度を開始したようなので紹介させていただきます。

 

ホワイト認証とは,ホワイト弁護団とホワイト社労士の会が対象企業の社内労務管理規定の整備状況や実際の労働関係法制の遵守状況を審査して,ホワイト認証基準に適合する場合に,ホワイト企業であることを認証する制度のようです。

 

ホワイト認証を受けることで,企業は,労働関係法制を遵守していることが客観的に認証されることから,新規雇用や継続雇用の安定性の確保が見込まれます。また,労働者にとっても,労働関係法制が遵守されることが明らかになるので,安心してホワイト企業で働くことができます。

 

最近の大学生は,残業が少ないや定時に帰宅できるなどの労働条件も考慮にいれて就職活動をしているようですので,ホワイト認証を受ければ,就職活動をしている学生に対して,労働環境が整備されている点をアピールできるかもしれません。実際に,就職する会社がブラック企業かどうかは入ってみないと分からない面があるので,ホワイト認証を受けた企業であれば,ブラック企業ではないので安心して就職ができるのかもしれません。

 

まだ始まったばかりの制度のようなので,多くの企業にホワイト認証が拡大していくことを期待しております。

契約社員と正社員の労働条件の相違についての判例紹介

契約社員と正社員の労働条件の相違が労働契約法20条に違反するかが争われた東京地裁平生29年3月23日判決・メトロコマース事件(労働判例1154号5頁)を紹介します。

 

東京メトロの売店で販売業に従事している契約社員らが、被告会社の正社員のうち売店での販売業務に従事する者と業務の内容、責任、店舗間異動や他部署への異動の範囲が同一であるにもかかわらず、契約社員と正社員との労働条件に差異があると主張して、本給・賞与、各種手当、退職金、褒賞の各差額を請求した事案です。

 

本判決は、原告ら契約社員と正社員との間の職務の内容等の相違について、被告会社の大半の正社員は被告会社の各部署において売店業務以外の多様な業務に従事し、配置転換や出向に応じることも予定されていることから、原告ら契約社員と正社員との間の業務内容及びその業務に伴う責任の程度、職務内容及び配置の変更の範囲には明らかな範囲があるとしました。

 

被告会社のどういった正社員と契約社員を比較するかについて、原告らは、専ら売店業務に従事する正社員と契約社員との労働条件の相違を検討すべきと主張しましたが、本判決は、売店業務に従事する正社員のみならず、広く被告会社の正社員一般の労働条件の相違を比較すべきとしました。

 

その上で、賃金制度、資格手当加算、昇給・昇格、住宅手当、賞与、退職金、褒賞といった労働条件の相違については、長期雇用を前提とした正社員に手厚くし、有為な人材の確保・定着を図る等の目的から、人事制作上一定の合理性を有するとして、不合理とは認められませんでした。

 

一方、正社員には、所定労働時間を超える勤務について、はじめの2時間までは1時間につき2割7分増、2時間を超える時間については3割5分増の早出残業手当が支給されているのですが、契約社員には2割5分増の早出残業手当が支給されていました。この早出残業手当の相違については、労働契約法20条に違反する不合理な労働条件にあたるとしました。

 

早出残業手当の労働条件は無効となり、早出残業手当の差額部分について不法行為の損害賠償請求が認められました。

 

労働契約法20条の趣旨や解釈、どのような正社員の労働条件の相違と比較するか等について判断した点が参考になります。今後、同一価値労働同一賃金が議論され、正社員と非正規社員との労働条件の相違が問題になることが増えることが予想されますので、紹介します。

専門業務型裁量労働制についての判例紹介

京都の弁護士塩見卓也先生が勝ち取った専門業務型裁量労働制についての判例を紹介します。京都地裁平生29年月27日判決でK工房事件です。労働法律旬報1889号に掲載されている判例です。

 

神社仏閣の壁画、天井画、襖絵などの修復、制作などを業としている個人事業主のもとで勤務していた原告らが、未払残業代を請求した事件です。被告は、「デザイン業」の裁量労働制を根拠に残業代の支払いを拒みました。

 

専門業務型裁量労働制とは、労働時間の算定にあたって,裁量性の高い労働に従事している者については,実労働時間ではなく予め定められた一定時間(みなし時間)働いたものとみなす制度です。専門業務型裁量労働制が適用された場合,みなし時間が8時間の場合,実際には10時間働いたとしても,8時間だけ働いたものとみなされ,残業代支払の対象となりません。

 

判決は、労使協定に著名している労働者代表が選挙で選ばれていないとの陳述書が提出され、専門業務型裁量労働制導入の労使協定締結のための労働者代表が適正に選任されておらず、また、就業規則が労働者に周知されていないとして、「原告らが行っていた業務が専門業務型裁量労働制の対象業務に該当するか否かを判断するまでもなく、専門業務型裁量労働制を採用したことにより勤務時間の定めが原告らに適用されないとの被告の主張は認めることができない。」と判示し、残業代・付加金等で合計2610万円と高額の支払いを命じました。

 

専門業務型裁量労働制の適用要件は厳格であり、労使協定締結の手続きが杜撰なこともあり、専門業務型裁量労働制の適用が否定されることがあります。会社から専門業務型裁量労働制だから残業代を支払わないと主張された際、労使協定締結の手続きに問題がないかチェックする必要があります。

 

労働時間を記録することを推奨する動画の紹介

ブラック企業対策弁護団から,労働時間を記録することを奨励する動画がユーチューブにアップされたので紹介します。

 

https://www.youtube.com/watch?v=kkQaVQR8NJ0

 

残業代を請求する事件や過労死・過労自殺の労災申請や損害賠償請求事件において,労働時間の証明が重要になります。労働者は,日頃から,自分の労働時間を記録しておくと,いざという時に役に立ちます。

この動画では,出勤・退勤時間を自分の手帳にメモすること,メールの送信時間が労働時間になること,パソコンのログインログオフ時間を記録すること,GPS付アプリで労働時間を記録できること等を,リズミカルな音楽と軽快な振り付けで,インパクトを与えながら印象付けています。

 

動画再生時間は約1分と短いので,気軽に見れます。ぜひ一度アクセスしてみてください。

ちなみに,この動画に出演しているのは弁護士です。大事なことをどのような方法で人に伝えるのが効果的かについて勉強させてもらいました。

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ホームページをリニューアルしましたので、お知らせ致します。引き続き、いっそう充実した内容となるよう継続して更新して参りますので、今後とも金沢合同法律事務所をよろしくお願いいたします。