運送会社の従業員がパワハラを受けた事件で解決金190万円を勝ち取ったケース

1 事案の概要

クライアントは,40代前半の男性で,運送会社に勤務していました。クライアントは,問題なく勤務していたのですが,営業所長が交代となり,新しく赴任してきた営業所長から,「アホ」,「バカ」,「ハゲ」,「あたまおかしいんちゃうか」,「わしが金沢にいる限り昇進はないと思っとけ。評価も低いからな」,「給料どろぼう」,「みんな,お前いらん言うてるぞ」等の人格を否定するような暴言をあびせられる等のパワハラを受けました。

クライアントは,営業所長からの執拗なパワハラを受け,体調を崩し,精神科へ通院したところ,適応障害と診断され,主治医から会社を休むようにアドバイスを受けて,休職するようになりました。

 

2 職場復帰

その後,当職のもとへ,パワハラの相談に来られました。クライアントは,相手方会社本部の担当者と面談したところ,パワハラの事実を認めて謝罪してくれたので,職場に復帰すべきかについて悩んでいました。私は,クライアントと共に精神科の主治医と面談し,意見を求めたところ,主治医は,職場へ復帰することに反対していました。私も,パワハラをし続けた営業所長がいる職場へ復帰するのはやめた方がよいとアドバイスしました。

しかし,クライアントは,新しい就職先を探すのは困難であり,家族を養っていかなければならないこと,本部の担当者から,職場を戻りやすい環境にすると言われたことから,職場に復帰しました。

 

3 示談交渉

クライアントは,元の職場でやり直せると期待して,職場復帰したのですが,クライアントにパワハラをしていた営業所長から,クライアントのデスクを営業所長の前に移動するように命じました。クライアントは,パワハラをしてきた営業所長の目の前で仕事をしなければならなくなり,精神的に絶えられず,しばらくして再び休職することになりました。クライアントの職場復帰への期待は無残にも裏切られてしまったのです。

パワハラに苦しんで休職していた社員を,パワハラをしてきた張本人の目の前で仕事をさせるようにした,相手方会社の対応は極めて悪質であることから,当職がクライアントの代理人となり,相手方会社に対して,パワハラ防止義務違反,職場復帰支援義務違反を主張して損害賠償請求をしました。

 

4 示談成立

クライアントは,営業所長から暴言をあびせられた際,ボイスレコーダーで録音していたので,パワハラの事実を立証することが可能であり,相手方会社もパワハラの事実は認めていたので,争点は,損害賠償の金額となりました。特に,慰謝料の金額が問題となりました。パワハラの損害賠償請求訴訟で認められる慰謝料はそこまで高額でないことから,相手方会社は,慰謝料の金額について難色を示しました。当職は,営業所長のパワハラが執拗であったこと,クライアントが復職後に営業所長の前にデスクを移動させたことが悪質であること等が慰謝料増額事由であるとして,相手方会社と交渉しました。

その結果,治療費,休業損害,慰謝料,退職金を含めた解決金として,相手方会社が190万円をクライアントに支払うことで示談が成立しました。さらに,自己都合退職の場合,失業給付を受給できるようになるまでに3ヶ月の待機期間が生じてクライアントに不利益であることから,離職票の離職理由を「5(1)②就業環境に係る重大な問題(故意の除斥,嫌がらせ等)があったと労働者が判断したため」とし,離職票の「具体的事情記載欄(事業主用)」に相手方会社が,「職場の上司からパワハラを受け,就業環境が著しく悪化し,退職せざるを得なくなったため。」と記載することで合意しました。これで,失業給付を受給するにあたって,クライアントが不利益を受けることを避けることができました。

パワハラ事件では,録音等の証拠が揃っているか,慰謝料の増額事由があるか等を丹念に検討する必要があります。パワハラで体調を崩し,会社を退職することになったとしても,弁護士に相談することで,会社に損害賠償請求をして一矢報いることができるかもしれませんので,まずはお気楽にご相談ください。

東大5年で雇止め

 朝日新聞の報道によれば,東大が有期労働契約の教職員約4800人を最長5年で雇止めにする就業規則を定めていたようです。その結果,来年平成30年4月までに,契約期間が5年を超える教職員は順次雇止めされることになりそうです。

 

http://www.asahi.com/articles/DA3S13100024.html

 

 そもそも,労働契約法18条では,有期雇用の労働者の労働契約が繰り返し更新されて通算5年を超えた場合,期間の定めの無い労働契約に転換できる権利が付与されることになっています。要するに,契約の更新が2回以上あり,契約期間が通算5年を超えれば,契約社員から正社員に転換できるということです。

 

 労働契約法18条が平成25年4月に施行されて,来年平成30年4月でちょうど5年になるので,来年4月以降,無期転換できる労働者が現れてくるのです。

 

 しかし,使用者としては,契約期間が通算5年を超えれば,契約社員が正社員に転換されるのであれば,契約社員を雇用の調整弁に利用できなくなるので,契約期間が5年を超える前に,雇止めをしたくなります。そこで,東大は,就業規則で有期労働契約者の契約期間の上限を5年と定めたようです。そのため,東大の有期労働契約者は,契約期間が5年を超える前に雇止めされることになります。

 

 現在,東大の教職員組合が団体交渉を申し入れて,有期労働契約者の契約期間の上限を5年と定めた就業規則の撤廃を求めているようです。契約期間が5年を超える直前に雇止めになった場合,裁判で争ったとしたら,労働契約法18条の趣旨に違反しているとして,雇止めが無効になる可能性もありますが,雇止めの裁判では,労働者側が敗訴することも多いため,裁判結果がどうなるかは,見通しが立てにくいです。そのため,団体交渉で,有期労働契約者の契約期間の上限を5年と定めた就業規則を撤廃できれば,最も効果的です。東大の団体交渉に注目していきたいです。

 

ほっともっとの店長は管理監督者か?

 ほっともっとの元店長が未払残業代を請求したところ,会社は,元店長が労働基準法41条2号の管理監督者に該当するため,未払残業代を支払わなくてもよいと反論して争ったプレナス事件(大分地裁平成29年3月30日判決・労働判例1158号・32頁)を紹介します。九州労働弁護団の玉木正明先生がご担当した事件です。

 

 労働者が,労働基準法41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」に該当した場合,会社は,労働者に対して,未払残業代を支払わなくてもよくなりますので,「店長」等の肩書が付いている労働者が,未払残業代を請求すれば,会社は,管理監督者なので残業代を支払いませんと主張して,争いになることがよくあります。しかし,マクドナルドの名ばかり管理職で問題になったように,「店長」等の肩書を付けただけで,管理監督者にできるほど簡単な話ではなく,裁判所は,管理監督者に該当するか否かについて厳格に審査しており,会社が敗訴することが多いです。

 

 プレナス事件の判決では,管理監督者に該当するか否かについて,「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者であって,労働時間,休憩及び休日に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務と責任を有し,現実の勤務態様も,労働時間等の規制になじまないような立場にあるかを,職務内容,責任と権限,勤務態様及び賃金等の待遇などの実態を踏まえ,総合的に判断すべきである。」という判断枠組みが示されました。

 

 そして,原告である元店長の職務内容,責任と権限について,店長として店員の採用する権限はあっても,採用にあたっての時給の決定や,その後の昇給,雇止めや解雇については,本部の人事担当者と相談する必要があり,月間売上目標が定められていて,店舗の営業時間を自由に決定できないことから,主体的な関与は乏しく,会社の経営に関わる重要な事項に関与していないと判断されました。

 

 次に,原告である元店長の勤務態様について,店員が不足する場合には,自ら弁当の調理・販売を担当して,連日長時間働いていたことから,労働時間に関する裁量は限定的であり,勤務態様が労働時間の規制になじまないものではないと判断されました。

 

 そして,原告である元店長の賃金等の待遇について,店舗管理手当が支給されていたものの,年収約474万円で,会社の平均年収約528万円を下回っており,月300時間を超過する実労働時間となっている月が13回に及んでいる勤務実態から,厳格な労働時間の規制をしなくても,その保護に欠けることがないといえるほどの優遇措置が講じられていたとはいえないと判断されました。

 

 その結果,原告である元店長は,管理監督者ではないと認定され,会社に対して,合計約1011万もの未払残業代の支払いが命じられました。管理監督者を否定した判決で,労働者が有利に利用できることから,紹介させていただきます。

 

残業証拠レコーダー

 労働時間を記録する「残業証拠レコーダー」というアプリを紹介します。通称残レコといいます。

 

https://zanreko.com/

 

 このアプリは,スマートフォンのGPS機能を利用して,労働時間を記録するものです。職場によっては,タイムカードがないところもありますが,そのような職場であっても,残業証拠レコーダーを利用して,労働時間を記録すれば,会社との残業代請求の交渉や裁判で証拠として利用でき,残業代の支払いを受けられるかもしれません。残業代請求以外にも過労死や精神疾患の労災でも,残業証拠レコーダーを有効活用できそうです。

 

 

 また,記録された労働時間から残業代を計算する機能もついています。残業代の計算は複雑なので,労働者が自分で計算しようとしても途中で挫折することが多いのですが,簡易に計算してくれるのであれば,非常に便利です。

 

 毎日の労働時間を記録しておけば,いざというときの証拠として使えますし,自分の働き方を見直すきっかけになると思います。残業代を請求するか否かにかかわらず,労働者が自分の労働時間を記録しておくことは,将来何かで役立つことがあるかもしれないので,残業証拠レコーダーを利用してみてはいかがでしょうか。

 

労働契約法の10年を振り返る座談会

 ジュリストという法曹関係者向けの雑誌の2017年6月号に,「労働契約法の10年を振り返って」という座談会が掲載されています。東京大学教授の岩村正彦先生,荒木尚志先生,使用者側の弁護士の木下潮音先生,労働者側の弁護士の水口洋介先生が,労働契約法が制定されてから10年間にあった争点について,分かりやすく解説しています。

 

 

 私は,労働契約法の3条や4条の総則規定の位置付けについての先生方の捉え方に着目しました。労働契約法3条や4条の総則規定は,訓示規定(公の機関に義務を課している法令の規定で,これに違反しても,行為の効力には別段の影響がないもの)ではあるものの,労働者が使用者に対する交渉の入り方として利用でき,裁判においては,これらの条文に基いて裁判所は解釈すべきと言える意味において重要であるという点です。労働契約法3条や4条に違反しても,すぐに労働契約が取消されたり,無効になることはないですが,法律の解釈の仕方に影響を与えるという点で,交渉や裁判の実務において,どのように活用すべきかのヒントを得られました。

 

 今後は,平成30年4月に向けて,労働契約法18条の5年無期転換ルールが問題になりそうです。すなわち,労働契約法18条では,有期労働契約が5年を超える労働者は,使用者と無期労働契約を締結できる,すなわち正社員になることができるという規定です。この無期転換権が平成30年4月から行使することが可能になるので,5年経過する前に雇止めが多発することが懸念されています。無期転換権について勉強して,雇止め問題が生じた場合に,労働者の権利を実現できるように,今後とも精進していきたいと思います。

 

座談会~労働審判制度の現状と課題~

 日本弁護士連合会が毎月1回発行している弁護士の定期雑誌である「自由と正義」の2017年2月号に,労働審判制度施行からの10年と今後の展望についての特集がされており,労働事件で活躍されている弁護士6名の先生方が,労働審判について,運用の問題点や具体的なスキルについて熱く語る座談会が掲載されているので,紹介します。

 

 

 労働相談を受けて,この事件は裁判手続で解決する必要があると判断した場合,次に,この事件を解決するために,どの裁判手続がふさわしいかを考えます。通常訴訟を提起するか,労働審判を申立てるか,仮処分の申立をするかを検討します。

 

 労働審判は,どのような事件にふさわしいかについて,京都弁護士会の中村和雄先生は,「判決では微妙だとか,双方で言い分がかなり対立するかもしれないけれども,何となくある程度のところでは落ち着く解決ができそうな,和解的な要素が強い事件は,労働審判にふさわしいと思っています。」と座談会で発言されています。労働事件の類型ではなく,クライアントの話をよく聞き,事案を分析した上で,相手方の反論を予測し,和解の見込みがある場合に,労働審判を選択するべきことがポイントになります。

 

 また,福井県弁護士会の海道宏実先生は,労働審判員から,申立書の冒頭に事案の要旨を書いた方が事案を把握するのに助かることや,申立書に時系列を添付してもらえるとありがたいというアドバイスをもらい,そのように実践されたようです。労働審判員は,お忙しい方がほとんどだと思いますので,少しでも労働審判員に当方の主張を短時間で理解してもらうためには,申立書に事案の要旨を記載したり,時系列を添付する等の工夫をすることが必要です。

 

 労働事件に造詣の深い6名の弁護士による座談会から,労働審判に求められる知識やスキルを学ぶことができました。

 

グレード降格と減給は人事権の濫用として無効とした事例

 Chubb損害保険株式会社に勤務する労働者のジョブグレード降格に伴う減給が争点となり,労働者が勝訴した事件(東京地裁平成29年5月31日判決・Chubb損保事件)を紹介します。

 

 原告は,具体的な理由を告げられることなく,数理部から内部監査部へ異動になった際に,ジョブグレードが7Sから6Sに引き下げられて,手当が2万5000円に減額されました。また,原告は,上司からハラスメントを受け,また,PIPPerformance Improvement Plan:業務改善プログラム)を実施させられて体調を崩して休職しました。休職後に職場に復帰しましたが,リハビリ勤務をしていたところ,リハビリ勤務期間の給与が1割カットされました。

 

 判決では,「本件降格は,労働者にとって最も重要な労働条件である賃金を不利益に変更するものであるから,労働者の個別の同意若しくは就業規則や賃金規程上の明確な根拠が必要というべきであり,かかる就業規則等の明確な根拠規定もなく,労働者の個別の同意もないままに,使用者が一方的行為により従業員のグレードを引き下げること(降格)は,人事権を濫用するものとして許されない」と示されました。

 

 被告は,パワーポイントの資料を就業規則と主張したようですが,就業規則とは認められませんでした。また,原告が降格について異議を述べたことから,真意に基づく同意がないとされました。そのため,ジョブグレードの引き下げは人事権の濫用にあたると認定されました。

 

 また,判決は,リハビリ勤務の一部の期間について,基本給の1割減額を継続することは,被告の人事上の裁量権を逸脱した違法な措置であるとしました。

 

 労働者は,降格されて給料が減額された場合,その措置に納得がいかないのであれば,はっきりと異議を述べて,安易に給料減額に同意してはならないのです。会社の降格を争う際に,参考になる判例です。

 

お盆休みのお知らせ

平成29年8月15日は,お盆休みとさせていただきます。

労働時間の把握義務

 厚生労働省は,労働安全衛生法施行規則を改正し,労働者の労働時間を適切に把握することを会社の義務として明記する方針を固めたようです。

 

 http://www.yomiuri.co.jp/national/20170806-OYT1T50030.html

 

 会社が労働時間の把握するのは当然ですが,おそらく,これまで労働時間の把握を義務付けている法律はなかったと思います。そのため,労働時間の把握義務を法律で明記することは,会社に労働時間の把握を強制させ,違反した場合には労働者に有利な労働時間が認定される可能性があるため,この改正は労働者にとって,とても重要になります。

 

 残業代を請求する場合や労災を申請する場合,労働者がタイムカード等の証拠を収集し,労働時間を立証しなければならないのですが,会社によっては,タイムカードもなく,労働時間の把握を全くしていないところもあり,その場合,労働時間をどうやって立証すればいいか悩むことがあります。

 

 今後,労働時間の把握義務が法律で明記されれば,会社が労働時間の把握をしていなかった場合,裁判において,会社が労働時間の把握義務を怠ったとして,労働者が主張する労働時間がそのまま認められる可能性があります。

 

 労働者にとっては,残業代請求や労災申請で強力な武器を得られることになると思いますので,労働安全衛生法施行規則の改正に注目したいです。

 

女性事務員パワハラ退職強要事件

 心電図やAED等の医療機器を製造・販売する会社において,新しい代表取締役が就任し,その新しい代表取締役が4人しかいない女性事務員全員にパワハラを行い,退職届を提出せざるをえないところまで追い込まれたというパワハラ事件を紹介します(平成29年5月17日長野地裁松本支部判決)。

 

 新しい代表取締役は,自分が就任する前の人事について,「私ができないと思ったら降格してもらいます。」と述べました。この発言は,根拠もなく原告らの能力を低くみるものと認定されました。

 

 「人間,歳をとると性格も考え方も変わらない。」との発言は,年齢のみによって原告の能力を低くみるものと認定されました。

 

 「自分の改革に抵抗する抵抗勢力は異動願を出せ。50代はもう性格も考え方も変わらないから。」との発言は,50代の者を代表取締役に刃向かう者としており,年齢のみによって原告らの勤務態度を低くみるものであると認定されました。

 

 「自分の夫と比べて給料が高いと思わないのか。」との発言は,原告らが給料に見合った仕事をしていないと根拠なく決めつけるものであると認定されました。

 

 パワハラの事件では,どのような発言であれば,違法と認定されるのか,その線引が難しい場合があります。常識的に考えて,それを言ったらだめでしょうというレベルの発言であれば,違法になりやすいですが,グレーな発言も多々あり,労働相談をしていて悩むことがよくあります。本件では,発言自体はグレーな気がしますが,執拗に退職強要をしていたことや,新しい代表取締役が原告らの仕事内容を理解しないまま発言していたこと等の事情から,違法なパワハラと認定したようです。

 

 もっとも,慰謝料の認容額は,パワハラの期間が長いとまではいえない等の理由で,原告4人のうち,1名が22万円,1名が110万円,2名が5万5000円と低い金額となりました。パワハラ事件は,慰謝料があまり高額にならない傾向があるので,提訴まで踏み切れないことも多く,この点もパワハラの相談を受けていて悩ましい点であります。