夜勤専門タクシー乗務員の労災が認められた事例

夜勤専門タクシー乗務員が,運転していたタクシー車両が吹雪による吹き溜まりに埋まって走行不能となった際に,脳出血を発症して労働することができなくなったことから,労災保険の休業補償給付と療養補償給付を請求したのですが,支給しないとの処分を受けたので,この処分の取消を求めた裁判で,労災と認められました(札幌地裁平成29年5月15日判決・札幌中央労基署長事件・労働判例1166号61頁)。

 

厚生労働省が発表している「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」(http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040325-11.pdf#search=%27%E8%84%B3%E5%BF%83%E8%87%93%E7%96%BE%E6%82%A3+%E5%8A%B4%E7%81%BD%E8%AA%8D%E5%AE%9A%E5%9F%BA%E6%BA%96%27)によれば,発症直前から前日までの間に,「異常な出来事」に遭遇して,明らかに加重負荷を受けて,脳血管疾患を発症すれば労災と認定されます。

 

ここで,「異常な出来事」とは,(ア)極度の緊張,興奮,恐怖,驚がく等の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態,(イ)緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態,(ウ)急激で著しい作業環境の変化をいいます。この「異常な出来事」に該当するか否かの判断にあたっては,①通常の業務遂行過程においては遭遇することがまれな事故又は災害等で,その程度が甚大であったか,②気温の上昇又は低下等の作業環境の変化が急激で著しいものであったか等について検討して,身体的,精神的負荷が著しいと認められるかが検討されます。

 

本件では,事故前後の気象状況は,通常の業務において遭遇することがまれな異常な災害であり,原告の営業所のタクシー乗務員が予測することが困難でした。そして,深夜に人通りのない住宅街の奥で立ち往生して,民家に助けを求めれる状況になく,営業所からの救援の目途がなく,防寒着や除雪道具が不十分なものしかなかったので,不安,恐怖,焦りといった強い精神的負荷がかかりました。そして,十分な防寒着がないまま,温暖な車内から零下4度前後の車外に出て除雪作業を行ったことで,血管が収縮して血圧が上昇し,身体的負荷も著しかったと認定されました。そのため,本件事故は「異常な出来事」に該当すると判断されました。

 

また,原告は,高血圧症,糖尿病,肥満,喫煙歴といった,脳出血のリスクファクターを持っていましたが,本件事故までは夜間のタクシー乗務員として普通に勤務をしていたけれども,脳出血を発症していなかったので,原告の基礎疾患が進行していたのではなく,本件事故が原因で著しい血圧の上昇が生じて,脳出血が発症したとして,因果関係が認められました。

 

長時間労働が原因で,脳血管疾患や虚血性心疾患が発症する過労死の事案は多いのですが,労働者が本件のように異常な出来事に巻き込まれて,脳血管疾患が発症したとして労災の認定が争われることはあまり多くなく,珍しい事例なので,紹介しました。