会社はなぜ労災を隠したがるのか?

会社で労災事故が発生しても,会社は,労災を隠すことがあります。会社が労災を隠したがる理由は,次のとおりです。

 

労災が発生したという報告を受けた労働基準監督署は,その労災事故がなぜ発生したのかという事故の原因や,その会社に法令違反がなかったかを調査し,必要に応じて行政指導や刑事告訴を行います。

また,労災事故が発生した会社については,労災保険料が増額される可能性があります。

さらに,労災保険が利用されないことで,労働者に後遺障害が残っても,会社の責任や補償の問題をうやむやにしてしまいやすくなります。

 

このように,労働者に労災保険を利用されると,会社に不利益が生じることがあるので,会社は,責任を逃れようとして,労災隠しをしてしまうのです。労災隠しによって,労働者や遺族は,労災保険を利用できなくなり,多大な不利益を被ることになります。

 

しかし,労災事故が発生した場合,会社は,遅滞なく労災事故を労働基準監督署に報告する義務を負っており,会社がこの報告義務を怠ると,刑事罰を科されることがあります。労災隠しは,犯罪につながる重大な法令違反ですので,労働者や遺族は,会社が労災隠しをしようとしても,毅然とした態度で,労災請求をするべきです。労災請求をすることは,労働者の当然の権利なのです。

 

労災保険を利用するメリットその4(労働者が労災で死亡した場合に遺族が補償を受けられる)

労災保険を利用するメリットその4は,労働者が労災で死亡した場合に遺族が補償を受けられることです。

 

労働者が,労災で死亡した場合,労災保険を利用すれば,労働者と遺族の身分関係に応じて,遺族に対して,遺族年金または遺族一時金,遺族特別年金または遺族特別一時金,遺族特別支給金が支給されます。

 

また,葬儀を行った遺族に対して,葬祭料が支給されます。葬祭料の金額は,平均賃金額を基礎にして算出されます。

 

さらに,就学している遺族の学費の支払が困難な場合には,労災就学援護費が支給されます。遺族が幼稚園・保育園から大学に至るまで,就学の状況に応じて,労災就学援助費が月額で支給されます。

 

他方,労災保険を利用しない場合,これらの遺族給付が受けられません。

 

これまでみてきたように,労災の場合,労災保険を利用することで,労働者は,治療費,休業給付,障害給付を受けることができ,遺族は,遺族給付を受けることができます。労災保険を利用することで,手厚い補償を受けることができます。労働者が,仕事中に負傷した場合,まずは労災保険を利用できないかを検討すべきです。

 

労災保険を利用するメリットその3(後遺障害が残った場合に補償が受けられる)

労災保険を利用するメリットその3は,労働者が仕事中に負傷して,後遺障害が残った場合に,補償が受けられることです。

 

労働者が,仕事中に負傷して,治療を続けても,現在の医学上これ以上は良くなることはない状態に至る時がきます。この時点のことを症状固定といいます。この症状固定時に残存する症状を後遺障害といいます。時間の経過によって,けがの状態が回復していきますが,ある一定時期以降,大きな改善が見られないといた状態が症状固定です。

 

例えば,仕事中に機械を操作していて,左手の親指を切断して,現在の医学では,その左手の親指を復元できない場合,労災事故前の状態(左手の親指があって,動いていた状態)には戻りませんが,傷口がふさがって表面を覆うようになって感染症の危険がなくなれば,それ以上の治療による改善が見込めないことになります。このように,それ以上の治療による改善が見込めなくなった時点が症状固定です。

 

症状固定後は,これ以上治療を継続しても,改善が見込まれないので,治療費と休業給付は打ち切られてしまいます。もっとも,労災保険で後遺障害の認定を受けることができれば,後遺障害等級の1級から7級までは障害年金と障害特別年金が,8級から14級までは障害一時金と障害特別一時金が支給されます(後遺障害等級は,1級が一番重症で金額が大きく,14級が一番軽症で金額が小さいです)。

 

他方,労働者が労災保険を利用しない場合,後遺障害が残ったとしても,後遺障害についての補償は受けられません。重大な後遺障害が残ったとしても,それ以後の補償が受けられなくなってしまうのです。そうなると,労働者の今後の生活が成り立たなくなるおそれがあります。後遺障害が残った場合に,手厚い補償が受けられることから,仕事中に負傷した場合は,労災保険を利用するべきです。

 

労災保険を利用するメリットその2(休業中の補償を受けられる)

労災保険を利用するメリットその2は,休業中の補償を受けられることです。

 

労災保険を利用すれば,労働者は,仕事中に負ったけがで働けなくなったとしても,休業期間中,労災保険から賃金の80%が支給されます。この休業給付は,治療が長引いても,労働者のけがの症状が固定するまで支給されます。そのため,労働者は,安心して治療に専念することができます。

 

また,労働者が,休業給付を受給中に会社を退職しても,休業給付の支給は継続されるので,安心です。

 

 

他方,労働者が労災保険を利用しない場合,健康保険の傷病手当金の支給を受けることができます。しかし,傷病手当金の支給金額は,賃金の約3分の2であり,労災保険の休業給付より少ないです。また,傷病手当金の支給期間は1年6ヶ月に制限されているため,治療の途中で傷病手当金の支給が受けられなくなるリスクがあります。治療の途中で傷病手当金の支給が打ち切られれば,労働者は,休業中の補償を受けられず,生活が苦しくなります。

 

このように,仕事中にけがを負った場合に,労災保険を利用できれば,仕事を長期間休んでも,休業給付が受けられるので,生活が安定します。仕事中にけがを負った場合には,ぜひ労災保険を利用しましょう。

労災保険を利用するメリットその1(治療費を負担しなくてよい)

労働者が仕事中に負傷して,治療が必要になり,会社を長期間休まなければならなくなった場合,労災保険を利用すると,これから説明するように,4つのメリットがあります。労働者が仕事中に負傷した場合は,まず労災保険が利用できないかを検討しましょう。

 

労災保険を利用すれば,労働者は,病院で治療費を支払わずに治療を受けることができ,また,治療費を病院で一旦支払った後に,労災保険から治療費が労働者に支払われることになります。労働者の実質的な負担はゼロになるのです。治療が長引いて,治療費が多くなる場合,労災保険を利用できれば,労働者は,治療費を気にすることなく,治療に専念できます。

 

他方,労働者が労災保険を利用せず,健康保険を利用した場合,労働者は,治療費の3割を自己負担しなければなりません。治療が長引いて,治療費が多くなる場合,労働者は,治療費の支払が不安となり,途中で治療を断念せざるをえなくなるかもしれません。

 

労働者が治療費を負担しなくてもよいという大きなメリットがありますので,労働者が仕事中に負傷した場合,ぜひ,労災保険を利用しましょう。

医師の残業代込の年俸が労働基準法37条に違反した事例

以前,ブログで紹介した,残業代込の年俸1700万円の高額の報酬を得ていた医師の残業代請求事件について(最高裁平成29年7月7日判決),労働判例1168号49頁に掲載されたので改めて紹介します。

 

原告の医師の年俸1700万円の内訳は,①本給月86万円,②諸手当(役付手当3万円,職務手当15万円,調整手当16万1000円)合計34万1000円,③賞与(本給3ヶ月分相当額を基準として,成績により勘案する)とされていました。被告の病院では,通常業務の延長とみなされる時間外業務は時間外手当の対象とはならないことになっていました。

 

労働基準法37条により,使用者には,時間外労働について残業代が支払われることが義務付けられていますが,労働基準法37条に定めれられた方法により算定された残業代を下回らなければ,労働基準法37条違反にはなりません。そのため,基本給や諸手当に残業代をあらかじめ含めることで残業代を支払うという方法が,直ちに労働基準法37条に違反することにはなりません。

 

もっとも,本件最高裁判決でも,労働契約における基本給等の定めについて,通常の労働時間の賃金に当たる部分と残業代に当たる部分とを判別できることが必要であり,残業代に当たる部分の金額が労働基準法37条に定められた方法により算定した残業代の金額を下回るときには,使用者は,その差額を労働者に対して支払わなければならないという,従来の最高裁判決の明確区分性について確認しました。

 

そして,本件事件では,原告の医師に支払われた年俸について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と残業代に当たる部分とを判別することができないとして,本件の年俸の支払により,残業代が支払われたことにはならないと判断されました。

 

いくら高額の年俸を設定しても,通常の労働時間の賃金部分と時間外労働の残業代部分とが明確に別れていなければ,労働者は,使用者に対して,残業代を請求できます。特に,医師や経営コンサルタントといった高額所得者の場合,本件のように年俸だけ決まっていて,残業代部分が不明なことがあるので,残業代が請求できるか一度検討してみるといいと思います。経営者側としては,就業規則等を整備して,通常の労働時間の賃金部分と時間外労働の残業代部分とを明確区分しなければ,膨大な残業代を追加で支払わなければならなくなるリスクを負います。労使共に重要な判決だと思い,改めて紹介します。

休職をしていた客室乗務員に対する整理解雇

日本航空の会社更生手続において,事業再生のために,早期の希望退職措置が行われ,それでも目標とする削減人員数に届かなかったことから,整理解雇が実施されました。日本航空の整理解雇の人選基準に,当該年度と過去2年5ヶ月の間に,病気欠勤日数,休職期間が一定数以上の者という基準がありました。原告は,当該年度に,顔面の皮膚の病気で数ヶ月間欠勤したことがあったため,この基準に該当し,整理解雇されました。そこで,原告は,この整理解雇は無効であるとして,地位確認の訴訟を提起しました。

 

整理解雇とは,リストラのことです。会社の経営が悪化したため,会社を存続させるために,余剰人員を削減する場合の解雇です。労働者に落ち度がないにもかかわらず,解雇されてしまうので,労働者が受ける不利益が大きいことから,整理解雇の有効性は厳格に判断されます。

 

整理解雇の有効性を判断する際には,①人員削減の必要性(企業の収益が減少する等して,労働者を減らす必要があったのか),②解雇回避措置の相当性(解雇以外に希望退職者を募集したり,配置転換等の措置がされているか),③人選の合理性(整理解雇する労働者を合理的な基準で選んだのか),④解雇手続の相当性(労働組合と誠実に交渉がされたか,労働者が理解できるように説明がなされたか)という4つの要件が総合考慮されます。

 

本件事件では,③人選の合理性において,過去に病気欠勤をしていた労働者を整理解雇の対象とする基準を設けることに合理性があるかが重要な争点となりました。

 

大阪高裁平成28年3月24日判決(労働判例1167号・94頁)は,会社更生手続を進めている日本航空が,整理解雇の人選基準を設けるにあたり,将来の貢献度に注目し,日本航空が再生していく過程の直近2~3年間に,労働者にどれだけの貢献が期待できるかを重視することは合理的であるとしました。

 

そして,将来の貢献度を判断するにあたり,過去の一定期間に病気欠勤や休職をしていた労働者が,そうでなかった労働者と比較して,日本航空に対する過去の貢献度が低いと評価することは合理的であり,現在職務に復帰していても,直近の時期に病気欠勤や休職があった労働者については,将来の貢献度が相対的に低いと評価しても合理的であると判断されました。

 

そのため,当該年度に病気欠勤していた原告に対する整理解雇が有効とされて,原告が敗訴しました。整理解雇の要件を検討するに際し,過去に病気で休職していた点をどのように評価すべきかについて,判断枠組みを示した判例として参考になります。