海外で労災事故に巻き込まれた場合に日本の労災保険法が適用されるのか?

昨日に引き続き,海外における労災事故について解説します。

 

 

昨日のブログに記載しましたが,海外での仕事が,

「海外出張」に該当すれば,日本の労災保険法が適用されるのですが,

「海外派遣」に該当すれば,日本の労災保険法は適用されないものの,

海外派遣者の特別加入の申請手続きをとり,承認が得られれば,

日本の労災保険法の補償が受けられるのです。

 

 

 

 

さて,海外に長期滞在する場合,

海外派遣者の特別加入制度を利用すれば問題ないのですが,

当初は,すぐに日本に帰国する予定であったものの,

予期せず海外滞在が長くなり,その後,

労災事故に巻き込まれてしまい,労災事故の時点において,

海外派遣者の特別加入制度の申請手続きをとっていなかった場合に,

日本の労災保険法が適用されるのかということが問題となります。

 

 

この問題について判断した裁判例として,

国・中央労働基準監督署長(日本運輸社)事件があります

(東京高裁平成28年4月27日判決・労働判例1146号46頁)。

 

 

この事件では,中国の現地法人で総経理の仕事をしていた

労働者が急性心筋梗塞を発症して死亡した事件で,

遺族は,労働基準監督署に対して,

遺族補償給付と葬祭料の支給を求めましたが,

労働基準監督署は,死亡した労働者は,

海外派遣者であり,特別加入の承認を受けていなかったとして,

日本の労災保険法の補償は受けられないと判断しました。

 

 

そこで,遺族が,この労働基準監督署の判断を不服として,

労災保険の不支給処分を取り消すための訴訟を提起しました。

 

 

争点は,死亡した労働者が,海外出張者か海外派遣者かというもので,

海外出張者に該当すれば,遺族が救済されることになります。

 

 

東京高裁は,海外出張か海外派遣かの判断基準について,

次のように判示しました。

 

 

 

 

単に労働の提供の場が海外にあるだけで,

国内の事業場に所属して当該事業場の使用者の

指揮に従って勤務しているのか,それとも,

海外の事業場に所属して当該事業場の使用者の

指揮に従って勤務しているのかという観点から,

当該労働者の従事する労働の内容やこれについての

指揮命令関係等の当該労働者の国内での勤務実態を踏まえ,

どのような労働関係にあるのかによって,

総合的に判断されるべきものである

 

 

具体的には,被災した労働者の所属,地位,権限,

赴任時における日本の会社の内部処理,賃金支払,

労務管理,労災保険料の納付状況等が総合考慮されます。

 

 

本件事件では,被災した労働者には,

受注の可否の決定や値段や納期など契約内容の決定を行う権限も,

顧客に発注する見積書の内容を決定する権限も,

日本の会社から与えられておらず,

日本の会社の担当者がこれらの決定していました。

 

 

また,日本の会社では,被災した労働者を長期出張として

内部処理して労災保険料の納付を継続しており,

被災した労働者の給料は,日本の会社から

中国の現地法人を介して支払われており,

被災した労働者は,出席簿を日本の会社に提出していました。

 

 

これらの事実から,被災した労働者は,

単に労働の提供の場が海外にあるにすぎず,

国内の事業場に所属して,国内の事業場の使用者の

指揮命令に従って勤務する労働者であり,

海外出張者に該当するので,特別加入手続きがとられていなくても,

日本の労災保険法の補償を受けられると判断されました。

 

 

 

 

このように,海外出張者か海外派遣者かについては,

被災した労働者の労働実態を入念に検討していく必要があります。

 

 

とはいえ,場合よっては海外派遣者と

判断される可能性もありますので,

長期間海外で働く場合には,事前に

海外派遣者の特別加入制度の承認手続きを

しておくようにしましょう。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。