精神疾患が悪化した場合の労災認定基準

仕事以外の原因や,仕事による弱い心理的負荷によって

精神疾患が発症し,その後に,仕事による強い心理的負荷によって,

精神疾患が悪化した場合,労災と認められるのでしょうか。

 

 

もともと精神疾患がなかった人が,発症前6ヶ月間に,

仕事による強い心理的負荷によって精神疾患を発症した場合,

労災と認定されるのですが,もともと精神疾患があった人が,

仕事による強い心理的負荷によって,精神疾患が悪化した場合,

労災と認められるためには高いハードルがあります。

 

 

すなわち,精神疾患の悪化の場合,悪化の前に,

仕事による強い心理的負荷となる出来事があったとしても,

原則として労災とは認められないのです。

 

 

 

 

もっとも,精神障害の労災認定基準別表1に記載されている

「特別な出来事」に該当する事実が存在し,

その後おおむね6ヶ月以内に精神疾患が自然的経過を超えて

著しく悪化したと医学的に認められる場合に,

悪化した部分について労災と認められます。

 

 

この「特別な出来事」とは,次のような場合です。

 

 

①生死にかかわる,極度の苦痛を伴う,または

永久労働不能となる後遺障害を残す業務上の病気やケガをした場合

 

 

②業務に関連し,他人を死亡させ,または

生死にかかわる重大なケガを負わせた場合

 

 

③強姦や,本人の意思を抑圧しておこなわれた

わいせつ行為などのセクシャルハラスメントを受けた場合

 

 

④発病直前の1ヶ月におおむね160時間を超えるような,

またはこれに満たない期間これと同程度の

(例えば3週間におおむね120時間以上の)時間外労働を行った場合

 

 

 

 

このような,「特別な出来事」がない限り,

精神疾患の悪化のケースでは,労災と認められないので,

ハードルがとても高いのです。

 

 

昨日紹介した,国・厚木労基署長(ソニー)事件では,

上記の判断基準が妥当と判断されました

(東京高裁平成30年2月22日判決・労働判例1193号40頁)

 

 

その理由としては,既に精神疾患を発症して治療が

必要な状態にある者は,病的状態に起因した思考から

自責的・自罰的になり,ささいな心理的負荷に過大に反応し,

悪化の原因が必ずしも大きな心理的負荷によるものとは限らず,

自然経過によって悪化する過程でたまたま仕事による

心理的負荷が重なったにすぎない場合があるからです。

 

 

精神疾患の悪化の原因が仕事による強い心理的負荷と

判断しにくいので,労働者本人の要因とはいえないくらい,

極めて強い心理的負荷がある場合についてのみ,

精神疾患の悪化を労災と認めるようにしたわけです。

 

 

しかし,精神疾患の既往歴のある労働者に,

仕事による強い心理的負荷が認められても

労災と認定されないとなると,一般的な労働者と判断基準が

異なってしまうという論理的な問題があり,

精神疾患の既往歴のある労働者に厳しすぎる判断基準となっており,

妥当ではありません。

 

 

 

 

精神疾患の既往歴のある労働者にとって不平等な結論

となってしまいますので,労災認定基準を見直して,

精神疾患の悪化の事案についても一般的な労働者と

区別しない判断基準に改正するべきだと考えます。

 

 

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