会社からだまされて退職してしまったときの対処法

1 詐欺取消

 

 

昨日は,心裡留保による退職の意思表示が無効になる

ことについて解説しました。

 

 

本日は,退職の意思表示を争うときに労働者が主張できる,

詐欺による取り消しについて,解説します。

 

 

詐欺とは,人をだまして勘違いさせることです。

 

 

 

法律的な定義は,人を欺罔して錯誤に陥らせる行為といいます。

 

 

例えば,社長から懲戒解雇の理由がないのにもかかわらず,

「自分から退職しなければ,懲戒解雇にする」と言われたために,

労働者が自分から退職しないと懲戒解雇されてしまうと思い込んで,

退職した場合に,詐欺に該当すると考えられます。

 

 

退職の意思表示が詐欺によってされたものであると認定された場合,

退職の意思表示を取り消すことができます。

 

 

取り消しをすると,退職の意思表示は最初から

無効だったことになりますので,

元どおり働くことができるようになります。

 

 

2 退職の意思表示が詐欺で取り消された事例

 

 

ここで,退職の意思表示が詐欺で取り消されると判断された

ジョナサンほか1社事件の大阪地裁平成18年10月26日判決

を紹介します(労働判例932号39頁)。

 

 

この事件では,パチンコ店が閉鎖されて

労働者が全員解雇されたのですが,その後,会社は,

閉鎖された店舗の跡地に新しいパチンコ店を開店しました。

 

 

新店舗の労働者のほとんどがパート労働者になった関係で,

会社の人件費が1500万円から1000万円に減少しました。

 

 

そのため,旧店舗を一気にリニューアルして,

人件費の削減を実施するために,新店舗の開店計画を秘密にしたまま,

全ての労働者を解雇した上で,旧店舗を閉鎖したものなので,

本件解雇は,解雇権を濫用したものとして無効となりました。

 

 

そして,被告会社は,解雇ではなく,

合意退職だったと主張していたのですが,

仮に合意退職であったとしても,

新店舗の開店計画を秘密にしたまま,

旧店舗の閉店を告げているので,退職の意思表示は,

詐欺による取り消しで無効になると判断された。

 

 

 

さらに,本件解雇のやり方が,長年働いてきた労働者に対して,

虚偽の事実を告げて,一方的に解雇するというもので,悪質であり,

後日,新店舗の開店を知った労働者の驚きと怒りは大きいことから,

慰謝料50万円が認められました。

 

 

これだけ悪質な解雇の場合は慰謝料請求が認められるわけです。

 

 

このように,会社からだまされて

退職の意思表示をしてしまった場合には,

詐欺による取り消しができないかを検討してみてください。

 

 

もっとも,会社からだまされたことを労働者が

立証しなければならないのが,困難になります。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

退職届を提出した後に退職が無効だったと争うことができるのか?

1 真意ではない退職の意思表示を争う場合

 

 

労働者が退職することを会社に伝えたのですが,

この退職の意思表示には問題があったとして,

退職の効力が争われることがあります。

 

 

例えば,労働者には退職する意思がなかったにもかかわらず,

退職届を提出して,会社が退職届を受理しまった場合に,

労働者が,後から退職の意思表示は無効だったと争う場合です。

 

 

 

それでは,本当は退職する意思がないのに,

労働者が退職すると意思表示した場合,労働者はどのようにして,

退職をなかったことにできるのでしょうか。

 

 

2 心裡留保とは?

 

 

民法93条に,心裡留保という規定があります。

 

 

意思表示をした人が,表示した行為に対応する真意がないことを

知りながらする単独の意思表示のことをいいます。

 

 

わかりやすく説明すると,相手方がお金を持っていなさそうなので,

買えないだろうと思って,売る気もないのに,

10万円なら売ってもいいよ,と言ったところ,

相手方が10万円なら買いますと言った場合に,

売買契約が成立するのかという問題です。

 

 

ようするに,売主は,売るという真意がないのに,

売ると意思表示をしているのです。

 

 

この場合,売主には売る意思がないので,

売買契約が無効になりそうですが,

売主の売りますという意思表示を信頼して

10万円を集めた買主を保護すべきです。

 

 

そのため,このような心裡留保の場合,

原則として,意思表示は有効になります。

 

 

しかし,上記の売買契約のケースで,買主が,

売主は買主のことをからかうつもりで,

本当は売るつもりがないことを知っていた場合はどうでしょうか。

 

 

売主が売るつもりがないことを知っている

買主を保護する必要はなくなります。

 

 

そこで,心裡留保の相手方が,意思表示をした人に

真意がないことを知っていたり,知ることができていた場合には,

例外的に,意思表示が無効になるのです。

 

 

3 心裡留保で退職の意思表示が無効になった裁判例

 

 

ここで,退職の意思表示が心裡留保として無効になった,

昭和女子大学事件の東京地裁平成4年2月6日決定を紹介します

(労働判例610号72頁)。

 

 

この事件では,大学教授が問題をおこしたため,

学長から教授の地位を剥奪すると言われ,

本気で謝罪している姿勢を見せるために

反省の色が最も強くでる文書を提出したほうがよいと考えて,

退職届を大学に提出しました。

 

 

 

この教授は,実際には退職する意思はなく,

引き続き教授として勤務する意思を有しており,

学部長から,本当にこのまま退職するのかと聞かれたときには,

「汚名を挽回するために勤務の機会を与えてほしい」と述べました。

 

 

しかし,大学は,退職扱いとしたので,この教授は,

教授としての地位にあることの確認を求めて,提訴しました。

 

 

裁判所は,本件の退職届は,勤務継続の意思があるならば

それなりの文書を用意せよとの学長の指示に従い提出されたものであり,

この教授は,学部長に対して,勤務継続の意思を表明しているので,

大学は,この教授には退職の意思がないのに

反省の意思を強調するために退職届を提出したと

知っていたと推認できると判断しました。

 

 

そのため,大学教授の退職の意思表示は心裡留保で無効であるとして,

大学教授の地位確認の請求が認められました。

 

 

このように,退職届を提出したものの,

真意では退職する意思がなかった場合には,

心裡留保を理由に退職は無効であると主張できます。

 

 

もっとも,心裡留保で退職を無効にするためには,

会社も,労働者が真意では退職する意思がないことを知っていたか,

または,知ることができたことを,

労働者が立証しなければなりませんので,

この立証が大変になります。

 

 

そのため,真意では退職する意思がないのであれば,

退職届を提出しないようにしなければなりません。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

残業代請求事件や過労死事件において会社からすすめられた研修に参加した時間は労働時間になるのか

1 研修に参加するために年次有給休暇を消化しないといけないのか

 

 

会社からスキルアップのための外部の研修に参加するように

言われたものの,その研修に参加するためには

年次有給休暇を取得しなければならないと言われたとします。

 

 

 

会社としては,その研修に参加する時間を労働時間と捉えておらず,

平日に年次有給休暇を取得して参加するか,

休日に残業代なしに参加するしかないようです。

 

 

このように,会社から参加するように言われた

研修に参加した時間は労働時間になるのでしょうか。

 

 

2 研修に参加した時間は労働時間か

 

 

まず,労働時間と認められるためには,

会社の指揮命令下に置かれている必要があります。

 

 

会社から研修に参加するように指示があれば,

その研修は会社の指揮命令下に置かれた時間といえ,

労働時間となります。

 

 

そのため,会社から研修に参加するように

指示があったのにもかかわらず,研修に参加するのに

年次有給休暇を取得しなければならないのは違法となりますし,

休日に研修に参加させたのであれば,会社は,

休日に働いた分の給料や残業代を支払わなければなりません。

 

 

次に,研修に参加することについて,

就業規則上の制裁などの不利益取扱による出席の強制がなく,

自由参加のものであれば,労働時間とはいえません。

 

 

他方,業務との関連性が認められる企業外研修や小集団活動は,

会社の明示または黙示の指示に基づくものであり,

その参加が事実上強制されている場合には,労働時間と認められます。

 

 

3 会社の小集団活動の時間が労働時間に該当するかが争われた事件

 

 

ここで,会社における小集団活動の時間が

労働時間に該当するかが争われた

国・豊田労基署長(トヨタ自動車)事件の

名古屋地裁平成19年11月30日判決を紹介します

(労働判例951号11頁)。

 

 

この事件では,トヨタ自動車に勤務していた

30歳の労働者が過労死した事件で,

次のような小集団活動が労働時間に該当するかが争われました。

 

 

 

①創意くふう提案活動(所定の用紙に業務に関する

改善策とその効果などを記入する活動)

 

 

②QualityControlサークル活動

(職場の改善に関するテーマについて話合いをおこない,

話合いで決められた目標に向けた活動をすること)

 

 

③エキスパート会(技術及び知識の向上を図るための研修会,後援会,

他会社の見学会,各種の懇親会,親睦と慰安のための行事,

会員相互の慶弔扶助などの事業を行う)

 

 

④交通安全活動(自動車運転中に事故にあいそうになった経験と

今後の予防策の提案を交通安全ヒアリ提案シートに記入して提案する活動)

 

 

裁判所は,これらの小集団活動は人事考課の考慮要素とされ,

その活動内容が業務に反映されて,賞金や研修費の助成金が支払われたり,

一部の時間につき残業代が支払われている状況からして,

小集団活動に従事していた時間は労働時間と判断されました。

 

 

その結果として,1ヶ月の時間外労働が106時間となり,

過労死の労災認定がされました。

 

 

このように,会社がすすめる研修も,

人事考課の考慮要素になっていたり,

研修が業務に関連している場合には,

労働時間になる可能性があり,その場合には,

研修に参加するために年次有給休暇を消化させることは違法になります。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

2020年4月1日から中小企業に残業時間の罰則付き上限規制が導入されます

1 トヨタでの出来事

 

 

先日,車の整備のためにトヨタに電話予約をしました。

 

 

私は,平日の仕事が終わってから,トヨタに行きたかったので,

平日の18時30分に予約でお願いできますかと聞いたところ,

会社の働き方改革の関係で,19時までに

作業を終わらせなければならないので,

早目にきていただけませんかと言われました。

 

 

長時間残業をなくしましょうとブログで情報発信している私なので,

これは協力しなければならないと思い,17時に予約をとりました。

 

 

整備ときにトヨタの方に聞いたところ,

働き方改革で残業を減らすために,

平日にお客様に車を持ってきてもらう時間を早くしてもらうか,

休日にきてくださいとお願いしているようです。

 

 

 

ただ,お客様は,平日仕事が終わってから車を持ってきたい方が多く,

サービス業なので,お客様に対して,あまり強く要望できず,

結局,18時30分とかに車を持ってきてもらうことになり,

残業がなかなかなくならないようです。

 

 

私のように自由に働く時間を決められる仕事であればいいですが,

たいていは,定時が決まっている仕事ばかりですので,

平日の早い時間に車を持ってきてもらうのは難しいのでしょう。

 

 

あのトヨタですら,残業時間の削減に悪戦苦闘しているですから,

中小企業では,もっと大変なのかもしれません。

 

 

2 残業時間の罰則付き上限規制

 

 

しかし,中小企業も,残業時間の削減に

本気で取組まなければならなくなります。

 

 

2020年4月1日から,中小企業にも

残業時間の罰則付き上限規制が適用されるからです。

 

 

まず,会社が労働者に残業をさせるためには,

36協定を締結しなければなりません。

 

 

この36協定では,時間外労働の限度時間を1ヶ月45時間,

1年間360時間にしなければならなくなりました。

 

 

あくまでも,1ヶ月の残業は45時間までが原則なのです。

 

 

もっとも,36協定に特別条項を設けることで,

例外的に1ヶ月45時間を超えて残業させることはできます。

 

 

この特別条項については,1ヶ月100時間(休日労働を含む),

1年間720時間(休日労働を含まない)を超えて,

残業をさせてはならないことになりました。

 

 

 

そして,1ヶ月の残業が100時間を超えたり,

2ヶ月~6ヶ月の各平均の残業時間が80時間を超えた場合,

会社には6ヶ月の懲役,または,30万円以下の罰金が科せられます。

 

 

そのため,会社は,1ヶ月100時間を超える残業をさせた場合には,

刑事罰が科せられますので,残業時間を削減しなければならないのです。

 

 

この残業時間の罰則付き上限規制が,

いよいよ,中小企業にも適用されます。

 

 

3 残業時間の削減に取り組むある中小企業の紹介

 

 

先日の朝日新聞に,長時間労働をなくすための,

ある中小企業の取り組みが紹介されていました。

 

https://www.asahi.com/articles/DA3S14341664.html

 

 

モバイルファクトリーという会社の事例です。

 

 

座ったまま仕事をすると,同僚と話を続けたり,

同じ姿勢で疲れがたまって作業効率が落ちることから,

昇降式の机を導入したり,社内会議を30分以内にする

ルールを策定したりして,残業時間を削減したようです。

 

 

その結果として,労働者の生産性が向上して,

営業利益が右肩上がりに上昇して,

遂に東証1部に上場を果たしたようです。

 

 

モバイルファクトリーの代表者は,

中小企業が働き方改革をやり遂げるためには,

経営者のコミットが何よりも重要だ」とコメントしています。

 

 

中小企業もトップが本気になれば,

残業時間を削減できることを実証した素晴らしいケースです。

 

 

少しでも多くの中小企業に,

残業時間の削減に取り組んでもらいたいです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

新型コロナウイルスに感染したバス運転手とツアーガイドは労災と認定されるのか

1 新型コロナウイルスの感染が拡大しています

 

 

中国湖北省武漢を中心に,新型コロナウイルスによる

肺炎が拡大しており,2020年2月3日現在で,

感染者の数は1万人を超え,中国における死者が300人を超えました。

 

 

日本では,武漢からのツアー客を乗せたバスの運転手と,

そのバスに同乗していたツアーガイドの女性が,

新型コロナウイルスに感染していたことが明らかになっています。

 

 

https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3892005.htm?1580686339337

 

 

このバス運転手とツアーガイドは,武漢への渡航歴がなかったようです。

 

 

そのため,バスツアーの仕事をしていたときに,

新型コロナウイルスに感染したと言えそうです。

 

 

 

2 仕事中にウイルスに感染したら労災と認定されるのか

 

 

このように,仕事中にウイルスに感染した場合,

労災と認定されるのでしょうか。

 

 

まず,仕事が原因で疾病が発症した場合,

その疾病が労働基準法施行規則別表第1の2に記載されていれば,

仕事が原因で疾病が発症したといいやすくなります。

 

 

この別表第1の2の6号に

細菌,ウイルス等の病原体による次に掲げる疾病

が記載されています。

 

 

基本的には,医師や看護師が患者の診察や治療の機会に

病原体を取り扱う仕事をしているため,

病原体に感染するリスクが高いことから,規定されています。

 

 

C型肝炎,エイズ,MRSA感染症については,

通達で労災の認定基準が定められています。

 

 

http://labor.tank.jp/hoken/nintei/kansensyou-ckanen-etc.html

 

 

この別表第1の2の6号には,医師や看護師が

病原体に感染する場合以外に,5として,

これらの疾病に付随する疾病その他細菌,ウイルス等の病原体

にさらされる業務に起因することの明らかな疾病」が規定されています。

 

 

バスツアーの仕事をしていて新型コロナウイルスに感染した場合,

この別表第1の2の6号の5に該当するとして,

労災と認定される可能性が高いと考えます。

 

 

 

3 業務遂行性と業務起因性

 

 

また,労災と認定されるためには,業務遂行性を前提に

業務起因性が認められる必要があります。

 

 

業務遂行性とは,労働者が労働契約に基づき

事業主の支配下にある状態をいい,

仕事をしているときに労災事故にまきこまれれば,

業務遂行性が認められます。

 

 

業務起因性とは,相当因果関係があることをいい,

業務に内在する危険が現実化したものによる,とも言われます。

 

 

ようするに,仕事が原因で,疾病を発症したといえればいいのです。

 

 

武漢から来たツアー客を乗せたバスを運転していたり,

ツアーガイドをしていれば,ツアー客の中に

新型コロナウイルスに感染している人がいれば,

バスの運転手やツアーガイドも

新型コロナウイルスに感染するといえそうです。

 

 

そのため,バスの運転手やツアーガイドの業務に内在する

危険が現実化したといえ,労災と認定される可能性があります。

 

 

労災と認定されれば,治療費は全額労災保険から支給されますし,

病気で仕事を休んでいる期間の給料の8割が支給されますので,

安心して,治療に専念することができるのです。

 

 

早急に,新型コロナウイルスの感染が終息に向かうことを祈っています。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。