弁護士紹介

弁護士

飯森 和彦 Kazuhiko Iimori

略歴
1986年弁護士登録
1991年度、1992年度金沢弁護士会副会長

2014年度金沢弁護士会会長
使用可能言語
英語、中国語(勉強中)

  • 2014年金沢弁護士会会長職を振り返って

1 平成26(2014)年度の金沢弁護士会会長を拝命し、そろそろゴールが見え始めてきました。この1年を振り返ると確かに忙しかったものの、充実し、また楽しかった1年でもありました。少しお話しをします。

2 会議、会議、会議
日々変化・進展する状況の中で大小含めた会の方針を決めるため、多くの会議が開かれます。会長はそれらに出席します。 会内では、執行部会(月最低2回、各最低2時間)、常議員会、総務委員会や担当委員会への出席、そして総会。本年度の総会は、会館建設、集団的自衛権行使 法制化反対決議などが重要議題となり、準備に時間を要しました。会外では、日弁連の定例理事会、総会(仙台)、人権大会(函館)や中弁連の定例理事会(愛 知ないしテレビ会議)、定期大会(金沢)。そのほか名古屋高裁民事部との懇談会、調停協会総会などへの出席もあります。
なお、日弁連理事会では、時間と費用をかけた出席なので必ず1回は発言するようにしています。

3 対外活動への参加
本年度は、中小企業の事業承継支援のために中小企業基盤整備機構と全国初の連携協定を結んだほか、高齢者・障害者支援を目的とする津幡町との連携協定を 結びました(県内全自治体にも呼びかけ中)。それぞれ会長が立ち会うことになり、マスコミ発表をし、新聞でも大きく取り上げられました(もっとも私のした ことは会の顔として多少とも写真写りをよくする努力程度)。さらに、弁護士会館建設に向けての自治体からの補助金申請のため、石川県知事を含め自治体担当 者にも会いに行きました。
特定秘密保護法廃止、集団的自衛権法制化反対など会主催の市民集会、街頭宣伝へも、会員の皆さんが忙しくて出られない時にこそ会長が出ていかなければならないと考え、可能な限り参加しています。

4 あいさつ、あいさつ、あいさつ
会長となって会内外でのあいさつの機会が飛躍的に多くなりました。心がけたことは、話すべきことを予め決め、短時間で終える。乾杯の音頭は特別短く (長くなると反感必至)。困ったのは、ほとんど同じメンバーの前で複数回あいさつをすることになった時でした。場面に合った持ちネタは一つしかなく、その 時はそのことをネタにしてさらに短いあいさつで終えたような記憶です。

5 若手弁護士との交流
弁護士人口増の中でベテランでさえ事件減少に直面しており、若手弁護士の場合はその影響はもっと大きなものとなっています。他会では会による無料・減 額法律相談を拡大し成果を上げているところもあり、当会でもさらなる工夫が望まれます。また、イソ弁で入れる事務所が少なく即独組が増え、仕事の処理方法 などを気軽に相談できる先輩が回りにいない若手も多いと思われます。さらには孤立し悩んでいる若手もいるのでは?この点、当会では新人へのチューター制度 などがあり、中堅弁護士による若手を対象とした自主的勉強会もあります。会事務局によれば、委員会活動に全く顔を出さない若手もいないようです。
とは言え、会長として若手の声を聞くためにできるだけ機会を持つように心がけたものの、不十分なままとなっています。

6 息抜き
なんだかんだで忙しい会長職の息抜きは、日弁連理事会で毎月上京する時です。まるまる2日間の会議で、当初は1日目の午前5時台に起きて上京していま したが、眠くて効率が悪く、途中から前泊方式へ変えました。その結果、不可避的に会議前日の夜は「居酒屋めぐり」となってしまいました(会議の1日目夜は 日弁連理事、他の弁連理事との懇親会などが入る)。宿泊先は、大浴場があって、1時間以内で歩いて日弁連に着け(おかげで都内の地理が分るようになっ た)、部屋はミツバチの巣のように狭くなく、宿泊費も高くないものを探し、現在は「ドーミーイン」で落ち着いています。旅行バッグには、CDプレーヤー、 BOSE携帯スピーカー、アンダーワールドと宇多田ヒカルのCD。居酒屋、大浴場、音楽、本業(事件処理)や細かい会務からの解放、理事会での毎回の言い たい放題で、この2泊3日の日程は貴重な息抜きとなっています。

7 ここでは書ききれない様々な活動、貴重な経験が多々ありました。本日現在あと1か月半残っていますが、会長職を全うしたいと考えています。その後に本業をおろそかにして来た大きなツケが回ってくるのに怯えながら。

(2015年2月16日)

  • 2014年金沢弁護士会会長になって

「会長 ビフォア・アフター」

弁護士 飯 森 和 彦

 2014年度の金沢弁護士会会長となることが予想されるようになった頃から、生活や仕事のスタイルはどのよ うに変わるんだろうと、大きな期待と小さな不安を持っていました。現在のところ、「死にそう」になるほど忙しいということはありません。ただ、副会長を仰 せつかった昔と比べると、会務はとても広範囲になっています。時々の刑事法制への対応、中部弁護士会連合会金沢大会の準備、会館建設問題などは、従来もあ りました。しかし、特定秘密保護法や集団的自衛権行使などの憲法問題、裁判員裁判、法曹人口問題と若手弁護士支援、弁護士会の広報、弁護士会と法テラスと の関係などは、最近のものです。 そのため、現在、平均すると1日の半分は会務に費やされています。とは言え、精神的には充実感が得られていると思います。多くの問題は、「基本的人権の擁 護と社会正義の実現」という弁護士の使命と照らし合わせて考えることが求められ、それはある種、簡明な思考方法だからだと思います。ウルトラマンが地球侵 略を企てるバルタン星人らと毎週のように戦わざるを得ない状況になってはいても、「地球を守るため」との崇高な使命感からおそらくはストレスは感じていな い(?)、というのと、地球大に例は異なるかもしれませんが、類似しているのかも知れません。もし多くの問題が、企業の営業会議にかけられているようなも のだとすると、私には全くセンスも能力もないので、かなりのストレスになると思います。
会の代表者として、仕事の時も休みの時も、朝も夜も、しらふの時も悪友たちとメイテイして大騒ぎしている時も、「間違っても会や会員に迷惑をかけるようなことはできない」という意識は、以前に増して強く持つようになっています。
また、会務のために日弁連の会議に出席するなど遠方への出張が目立って多くなっており、この移動時間を使って長年進歩が期待できなかった中国語とパソコン操作の習熟に頑張ろうか、とも思っているところです。 事務所をはじめ、お客様、多くの方々に迷惑をおかけしていますが、1年間は目をつむって下さい。とにかく、無事で1年を過ごします。

(2014年6月21日)

  • 弁護士になった動機と弁護士としての抱負
私が弁護士を志したのは、中学生の頃だったと思います。学校から家に帰って テレビをつけ、よくNHKか何かで洋画を見ていました。そのワンシーンに、か なり意地の悪い高利貸しが、貧しいながらも幸せに暮らす家族のもとに来て、厳 しい借金の取り立てをする、一家はそのために窮地に追い込まれていく、という ものがありました。まさに、ローンシャーク(loanshark)そのものです。その ような類のシーンを何度か見たのだと思います。そのうち「このような弱い人た ちを、自分が助けることができないだろうか」と思うようになりました。それが 次第に、弁護士への道を進む決意となって行きました。まったく素朴なものでし た。
しかしまた素朴ゆえに、その当時の気持ちは今でも消えることはありません。 困った人たちの力になること、その人たちが置かれている状況が困難なものほど、 弁護士として事件にかかわることの喜びを感ずることができます。私は現在、金 沢地方裁判所に係属している「トンネルじん肺根絶北陸訴訟」の弁護団事務局長をしています。これは、元トンネル坑夫らが劣悪な労働環境で労働をさせられ、 不治の病であるじん肺になったことで、トンネル工事の元請業者であるゼネコン 企業と、規制権限を行使しなかった国を被告にして、損害賠償の請求をしている ものです。原告らは、高度経済成長を底辺で支えてきた出稼ぎ労働者です。そし て、彼らがかかったじん肺という病気は、まさに死に至る病です。この訴訟も決 して簡単なものではありません。しかしまた、困難でありながらも、彼らの人権 の回復のために、弁護士として全力を尽くしたいと考えている次第です。
  • 取扱い事件
上記のようなじん肺訴訟は特殊な例ですが、ローンシャーク相手の債務整理事 件のほか、破産、個人民事再生、商品先物取引、霊感商法、コンビニフランチャ イズ事件などの消費者事件、交通事故、借地借家、離婚などの一般民事・家事事 件、解雇、労災などの労働事件、医療過誤事件、少年・刑事事件なども取り扱っ ています。専門性のある事件に興味があります。また、全く新しい事件にも挑戦 してみたいと考えています。お気軽にご相談下さい。
最後に余談ですが、私は休日はスポーツをしたり、音楽を聴いたり、ネイティブの人たちと外国語会話(英語、北京語)をしたり、古典文学・理系の本・漫画 などを読んだりして気分転換をしています。スポーツは夏秋は妻とカヌー、冬は特にスノーボードにはまっています。スノーボ-ドも外国語会話も練習をつめば それだけ上達してゆくのがわかって、それがけっこう楽しいです。音楽は中学生時代からロック中心で、最近のものも60~70年代のものも日本のものも海外 のものも聞いています。そのほか家族や事務所の人たち、友だちとのおしゃべり、自宅での瞑想も気分転換や日々のストレス解消に不可欠ですね。
  • 裁判員裁判への期待と不安

1  裁判員裁判が2009年5月から始まります。殺人など一定の重い犯罪の裁判に、3名の裁判官のほかに、市民の中から選ばれた6名の裁判員が加わって、有罪・無罪そして有罪の場合の刑罰を決める制度です。
これが生まれた要因は様々であったと思われますが、今の刑事裁判に対する不信感や不満があることは間違いありません。刑事弁護に多くかかわってきた者の 感覚からすれば、職業裁判官による判決が時に私たち市民の良識とかけ離れているのではないかという不満があります。冤罪事件の救援に力を注いできた団体な どの活動の歴史はそれを物語っています。
他方、財界は、「新自由主義経済」のもとで規制緩和を求める一方、それによって多発する紛争を迅速に解決するためには今の司法では不十分だとして、司法 の機能強化を求めています。司法の容量の拡大として弁護士の大幅増員を求めているのも同じ理由からです。このような要因も加わって、司法改革の一環とし て、裁判員裁判が生まれてきました。
したがって、裁判員裁判が様々な要因で生まれてきたことから、私が最も関心をよせる冤罪・誤判の防止という点から見ると、裁判員裁判は中途半端なものとなっています。むしろ、かえって冤罪・誤判を拡大する制度的危険性もあるのではないか、と不安を感じています。

2  確かに裁判員裁判には誤判防止の点から多くの期待できる面があります。 今の刑事裁判での無罪率が1%もないのにくらべて、以前日本でも機能していた市民が参加する陪審裁判では無罪率は2割近くありました。このことを考える と、市民の良識が6名の裁判員を通して刑事裁判に反映されるならば、裁判員裁判は、「無実の人を無罪に」する力となりえます。
また、裁判員裁判を実施するために新設された「公判前整理手続」も、誤判防止のための役割を果たす可能性があります。この手続では、以前にまして、被告人・弁護側に有利な検察官の手持ち証拠が開示される可能性が出てきたからです。 捜査段階での被疑者への国選弁護人選任制度、警察などでの被疑者の取調べ状況を録画して透明化する「取調べの可視化」などは、うその自白を防ぐために重要ですが、これらも、裁判員裁判の実施に向けて、現実化が始まっています。
これらの点から、または裁判員裁判が陪審裁判を復活させる道になるとして、裁判員裁判を歓迎する人たちは大勢います。

3  しかし、裁判員裁判の仕組みを知ったり、裁判官の書いた裁判員裁判実施に向けた論文などを読んだり、実際に裁判員裁判の模擬裁判にかかわってくると、「果たしてこの制度はどうなって行くのか」と不安になることも事実です。
裁判員裁判を積極的に評価するならば、それは、市民が裁判にかかわり、市民の健全な常識を裁判に反映させることができる点であると考えます。しかし、事 実認定や法律論のプロである裁判官が素人である裁判員を誘導することは決して困難ではありません。3名の職業裁判官が6名の市民裁判員を自分たちの思う結 論にうまく誘導してしまうならば、結局はそれまでの職業裁判官による裁判と何ら変わりありません。
また、市民裁判員が仕事を休んで参加するために、審理は短期集中となり、従来のように審理に長期間がかかるということは減ります。しかし、裁判員の都合 を重視するあまり、被告人にとって重要な証拠調べが制限されることがあってはなりません。ところが、先に述べた「公判前整理手続」によって、短期集中的に 争点や証拠が絞り込まれ、この手続の中で被告人側が取り調べ請求をしなかった証拠は、原則としてその後の公判では証拠請求はできないとされています。重要 なアリバイ証人が出てきたとしても、それが採用されるかどうかは、これまでの裁判の場合よりも制限される可能性があります。
そのほか、裁判官は裁判員に「無罪の推定」の原則を説明することになっていますが、それが十分になされないおそれがあること、死刑判決でさえ多数決で決 められてしまうこと、市民が裁判員候補者として出頭することが罰則をもって強制されていること、裁判員は評議について秘密を守ることが義務づけられ、それ を破ると処罰されうること、しかしそれでは裁判員経験者の市民が制度の改善に向けて意見表明することができなくなるおそれがあること、取調べの可視化は部 分的でしかないことなど、問題は多々あります。
このような問題点から、裁判員裁判の廃止を求めたり、実施延期を求めたりする意見も多くあります。

4  裁判員裁判には、現在の裁判よりも前進面がありますが、しかし誤判を生み出す危険性も多々あります。弁護士の中でも意見が大きく分かれているのはそれなりに理由があります。
私は、裁判員裁判が始まりそれに被告人が放り込まれてゆく以上は、被告人の弁護のために裁判員裁判に積極的にかかわり、制度の前進面を可能な限り引き出 すとともに問題点を可能な限り押さえこむ、という基本的立場で臨もうと考えています。そして、来たるべき次のよりよい裁判制度の誕生につなげて行きたいと 考えています。