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パワハラ防止指針が確定しました

1 パワハラ防止指針とその問題点

 

 

12月23日,どのような言動がパワハラに該当するのか

をまとめたパワハラ防止指針が確定しました。

 

 

https://www.asahi.com/articles/ASMDR4RZPMDRULFA01G.html

 

 

事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する

問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」といいます。

 

 

この指針では,パワハラの定義として,

①優越的な関係を背景とした言動であって,

②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより,

③労働者の就業環境が害されるもの,

と定められました。

 

 

この定義の中の「①優越的な関係を背景とした」の解釈について,

パワハラの被害者が,パワハラの加害者に対して

抵抗または拒絶することができない蓋然性が高い関係

を背景として行われるものを指すとされています。

 

 

 

しかし,被害者がパワハラの言動を嫌だと思えば,

加害者に対して,多少の抵抗や拒絶の反応を示すことが通常であり,

優越的な関係を抵抗または拒絶することができない蓋然性が高い関係

と解釈してしまうと,パワハラに該当する言動が

不当に制限されるおそれがあります。

 

 

また,今回の指針では,規制の対象となるパワハラは,

職場において行われた言動が対象となっていますが,

会社の労働者が多く参加する懇親会の場で行われたパワハラは,

規制の対象外となってしまいます。

 

 

そのため,これらの問題点について,

指針案から改善されることを願っていましたが,

残念ながら,改善されることはありませんでした。

 

 

とはいえ,これまでなかったパワハラ規制が

一歩前進したのは事実なので,今後は,

指針を労働者に有利に活用していくことが求められます。

 

 

2 パチンコ店におけるパワハラ労災民事訴訟

 

 

さて,ここでパワハラに関する労災の裁判例を紹介します。

 

 

上司からのパワハラによって,うつ病を発症し,長期間,

会社を休んで療養することを余儀なくされた労働者が,

会社に対して損害賠償請求をした松原興産事件の

大阪高裁平成31年1月31日判決です(労働判例1210号32頁)。

 

 

この事件では,パチンコ店の上司が部下に対して,

他の労働者も聞こえる状態のインカム

(スタッフに対して一斉指令ができる構内電話)で,

「しばくぞ」,「殺すぞ」などと怒鳴りつけました。

 

 

 

また,上司は,部下に対して,景品交換カウンター横に立ち番をさせて,

景品交換にくる客に声掛けのあいさつをさせることを約1時間させて,

他の従業員に対して「みんなもちゃんと仕事をしなかったらあんな目にあうぞ」

とインカムを通じて発信して,晒し者にしました。

 

 

これらのパワハラによって,部下はうつ病を発症し,

5年半もうつ病の症状が改善しませんでした。

 

 

3 指針のパワハラ該当例へのあてはめ

 

 

「しばくぞ」,「殺すぞ」などと怒鳴ることは,

人格を否定する精神的な攻撃に該当し,さらに,

インカムで他の労働者にも聞こえるようにしている点で,

指針のパワハラの該当例である

他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと

にあたります。

 

 

また,景品交換カウンター横での立ち番については,

極めて屈辱的な扱いを強いるものであり,

業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた

程度の低い仕事を命じているので,

指針の過小な要求のパワハラに該当します。

 

 

これらのパワハラについて,休業損害716万円,

慰謝料300万円の損害賠償請求が認められました。

 

 

パワハラ防止の指針ができることで,

このようなパワハラがなくなることを期待したいです。

 

 

会社のパワハラ防止措置については,

大企業は2020年6月から,

中小企業は2022年4月から義務付けられます。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

楽天における暴行のパワハラ労災事件からパワハラ防止措置義務を考える

1 楽天における暴行のパワハラ労災事件

 

 

昨日のブログでは,楽天における上司から部下への暴行について,

労災認定されたことを記載しました。

 

 

この楽天の事件で,被災労働者は,

マスコミに対して,次のようにコメントしています。

 

 

「会議中の暴行で怪我を負い,

困って社内のパワハラ相談の部署に相談したにもかかわらず,

十分な調査もせず,相談を否定され,

配転希望にも対応してもらえず,退職せざるを得なかった。」

 

 

 

仮に,この被災労働者のコメントが真実であれば,

楽天は,改正労働施策総合推進法30条の2に規定されている,

パワハラ防止措置義務に違反することになると考えられます。

 

 

本日は,パワハラ防止措置義務について説明します。

 

 

2 パワハラ防止措置義務

 

 

改正労働施策総合推進法30条の2第1項には,

「事業主は,職場において行われる

優越的な関係を背景とした言動であって,

業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより

その雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう,

当該労働者からの相談に応じ,

適切に対応するために必要な体制の整備

その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」

と規定されています。

 

 

すなわち,会社は,パワハラを防止するために

必要な措置をしなければならないのです。

 

 

その具体的な内容については,11月に指針案が公表されました。

 

 

会社が講じなければならないパワハラ防止の措置の1つ目は,

パワハラを行ってはならない方針等の明確化及びその周知・啓発です。

 

 

就業規則などにパワハラを行ってはならないという方針を明確化し,

パワハラに対する懲戒処分を規定して,労働者に周知させ,

パワハラ予防の研修などで啓発するというものです。

 

 

2つ目は,パワハラの相談に応じ,

適切に対応するために必要な体制の整備です。

 

 

会社は,パワハラの相談窓口を設置して,

労働者に周知しなければなりません。

 

 

また,パワハラの相談窓口の担当者が,

パワハラ被害者からの相談に対して,

適切に対応する必要があります。

 

 

 

具体的には,相談窓口の担当者は,

パワハラ被害者の相談を傾聴し,

相談内容の秘密を厳守し,

適切な事後対応につなげることが求められます。

 

 

楽天の事件では,被災労働者は,

相談を否定されたとコメントしているので,

相談窓口での対応が不十分だったのかもしれません。

 

 

相談窓口の担当者には,人の話を傾聴するスキルが求められるので,

コミュニケーションに関する研修を受けた

適切な人材を配置する必要があります。

 

 

相談窓口で適切な対応がなければ,

事後対応につながらないので,

相談窓口の役割は重要です。

 

 

3つ目は,事後の迅速かつ適切な対応です。

 

 

まずは,被害者,加害者から事実関係を聴取します。

 

 

次に,事実確認の結果,パワハラの事実が確認できた場合,

被害者と加害者を引き離すための配置転換,

加害者から被害者に対する謝罪,

加害者に対する必要な懲戒処分などを実施します。

 

 

パワハラの事実が確認できなかった場合,

パワハラの事実が確認できないと判断した理由を

相談者に丁寧に報告します。

 

 

パワハラの事実が確認できなかったものの,

そのまま放置しておくと関係が悪化する場合には,

関係改善を促すことが考えられます。

 

 

楽天の事件では,被災労働者のコメントが真実であれば,

パワハラの事実関係の調査に問題があり,

その結果,パワハラの事実を確認できず,

適切な事後対応がなされなかったのかもしれません。

 

 

そして,労働者がパワハラを受けたにもかかわらず,

会社がパワハラ防止措置義務を怠った場合,

会社は,損害賠償義務を負うリスクがあります。

 

 

労働者が安心して働くことができるように,多くの会社が,

真摯にパワハラ防止措置を実施してくれることを期待したいです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

三菱電機のパワハラ自殺において自殺教唆の刑事事件に発展した意義

1 パワハラ自殺が自殺教唆の刑事事件に発展

 

 

三菱電機の20代の新入社員が

教育主任から「死ね」などと言われて自殺した事件において,

兵庫県警は,この教育主任を,自殺教唆の疑いで

神戸地検に書類送検したようです。

 

 

https://www.asahi.com/articles/ASMD65HGDMD6ULFA021.html

 

 

報道によりますと,自殺した新入社員は,自殺する前に,

この教育主任から「死ね」などと言われていたことを

メモに残していたようで,そこから捜査が始まったものと思います。

 

 

捜査の結果,自殺した新入社員が教育主任から

「死ね」と言われていたのを聞いたと,

複数の社員が証言したようで,

証拠がある程度集まったのでしょう。

 

 

刑法202条の自殺教唆の犯罪は,

自殺の決意を有しない者に対して自殺を決意させた場合に成立します。

 

 

 

三菱電機の事件では,上司である教育主任が

部下である新入社員に対して,「死ね」と精神的な攻撃を加えて,

自殺を決意させたので,自殺教唆の犯罪が成立する可能性はあります。

 

 

2 自殺の因果関係

 

 

また,精神的な攻撃によるパワハラで,

うつ病を発病した労働者が自殺した場合,

精神疾患の労災認定基準では,

精神障害によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,

あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が

著しく阻害されている状態に陥ったものと推定して」,

仕事が原因でうつ病を発病して自殺したという因果関係が認められます。

 

 

この考え方は,うつ病を含む精神障害は,

環境由来のストレスと個体側の反応性・脆弱性

との関係で発病するのであり,ストレスが非常に強ければ,

個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし,

逆に,個体側の脆弱性が大きければ,

ストレスが小さくても精神障害が起こるという,

ストレス・脆弱性理論をもとにしています。

 

 

そのため,労働者に,精神的な攻撃などのパワハラによって,

強度な心理的負荷が加わった場合,

仕事以外の心理的負荷がないのであれば,

仕事と精神障害の発病及びこれを原因とする自殺との間に

因果関係が認められるのです。

 

 

この精神障害の労災認定基準における因果関係の考え方は,

今回の三菱電機の自殺教唆事件においても,

応用できるのではないかと考えます。

 

 

ただ,刑事事件では,新入社員が自殺してもいいと,

教育主任が認識していることが必要で(これを故意といいます),

起訴まで持ち込むのには,ハードルが高いものです。

 

 

教育主任の故意を立証するための証拠を

固められるのかがポイントになると思います。

 

 

3 「死ね」などと言うパワハラがなくなることを期待したい

 

 

パワハラ防止措置義務が法律に明記され,

パワハラに対する世間の目が厳しくなっていく中で,

今回の自殺教唆が刑事事件に発展しました。

 

 

 

今回の自殺教唆の刑事事件において,

教育主任が起訴されて有罪となれば,

強力な抑止力となって,上司が部下に「死ね」などと言う

パワハラが減少すると予想されますので,

この刑事事件の動向に注目したいです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

精神的な攻撃のパワハラ,賃金の減額,賞与の不当な査定が争われた事例

1 精神的な攻撃のパワハラ

 

 

本日は,昨日に引き続き,パワハラに関する裁判例を紹介します。

 

 

本日,紹介する裁判例は,キムラフーズ事件の

福岡地裁平成31年4月15日判決です(労働判例1205号5頁)。

 

 

この事件では,会社の代表者が,

原告である労働者に対して,次のような発言をしました。

 

 

 

「私はあなたのことをまったく信用していない」

 

 

「給料に見合う仕事ができていないと判断したら給料を減額する」

 

 

「私を無視し続けるということは,

会社をないがしろにしていると判断して,

あなたを解雇することもできる」

 

 

「遅い,急げ,給料を下げるぞ」

 

 

「給料分の仕事をしていない」

 

 

「27万円の給料をもらっている者の仕事ではない」

 

 

「もうこの仕事をできませんと言え。

そうすればお前をくびにして,新しい人間を雇う」

 

 

これらの言動は,給料を減額するや解雇するといった

不利益な取扱を示唆して,精神的に圧迫しておりますし,

給料に見合う仕事をしていないとして,

当該労働者の尊厳を踏みにじっているといえますので,

パワハラの6類型の1つの精神的な攻撃に該当します。

 

 

当然,これらの言動は,業務上の指導の範囲を逸脱しておりますので,

違法と判断されました。

 

 

しかし,原告の労働者は,半年以上の期間にわたって,

威圧的,侮辱的な言葉の暴力を受けていたのですが,

パワハラの慰謝料は50万円と判断されました。

 

 

言葉の暴力だけのパワハラの場合,

慰謝料が低額に判断されるハードルがあることがよく分かります。

 

 

2 一方的な賃金の減額は違法です

 

 

この事件では,パワハラ以外にも,賃金減額についても争われました。

 

 

被告会社が,原告の労働者の賃金を,一方的に減額したのです。

 

 

賃金は,労働者にとって,重要な労働条件の1つであり,

賃金を減額するためには,労働者の個別の同意か,

就業規則や賃金規定などの明確な根拠が必要であり,

会社が一方的に賃金を減額することはできません。

 

 

被告会社には,就業規則に賃金減額の規定がないため,

原告労働者に対する賃金減額は無効となり,差額賃金の請求と,

減額前の賃金の支払いを受ける労働契約上の地位確認が認められました。

 

 

賃金を会社の一存で減額できると考えている

経営者がいるかもしれませんが,

それは間違いであることを知ってもらいたいです。

 

 

3 賞与の不当な査定が違法になるとき

 

 

そして,この事件では,賞与の査定についても問題となりました。

 

 

賞与の査定においては,会社に一定の裁量が認められていますが,

会社は,その裁量権を濫用してはならず,

公正に賞与の査定をするべきです。

 

 

 

会社が正当な理由なく賞与の査定を怠ったり,

裁量権を濫用して労働者に不利な査定をした場合には,

労働者の期待権を侵害したとして,

損害賠償請求が認められることがあります。

 

 

本件事件では,被告会社が,原告労働者の賞与の算定にあたり,

公正な査定を行わず,恣意的に賞与を減額したとして,

20万円の損害賠償請求を認めました。

 

 

パワハラ,賃金の減額,賞与の不当な査定などの問題点について,

労働者が勝訴した事例として紹介しました。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

パワハラ6類型の個の侵害とは?

1 パワハラ・セクハラ対策セミナー

 

 

昨日,金沢弁護士会主催の

「待ったなし!パワハラ・セクハラ対策 経営者が今なすべきことは何か?」

というセミナーに参加してきました。

 

 

 

金沢弁護士会が主催するセミナーは,毎回,

広報がうまくいかなかったり,

会場に駐車場がないなどの理由からか,

あまり人が集まらないことが多いです。

 

 

しかし,今回のセミナーは,平日の午後の時間帯であるにもかかわらず,

多くの弁護士以外の方が参加してくれました。

 

(パワハラの講義を担当された粟田真人先生)

 

やはり,それだけ,ハラスメントの問題が

社会に広く認知されてきていると感じました。

 

(セクハラの講義を担当した当事務所の渡邊智美弁護士)

 

2 個の侵害とは?

 

 

さて,昨日のセミナーで,次のような質問がありました。

 

 

パワハラの6類型の1つに,個の侵害というものがあります。

 

 

労働者の私的なことに過度に立ち入ることをいい,

労働局のパンフレットには,具体例として,

不在時に,机の中を勝手に物色される,と挙げられています。

 

 

担当者が不在時に,机の中にある資料を探すことも,

個の侵害に当たるのかという質問でした。

 

 

 

確かに,労働局のパンフレットの記載では,

事前に労働者の許可なく,机の中を探すのは,

個の侵害に該当するような記載になっています。

 

 

しかし,実際には,担当者が不在時に,

他の労働者が業務で必要な資料を

担当者の机の中から探すことはよくありますし,

それは許容されるべきだと思います。

 

 

業務上の必要性があり,やむを得ず,不在時に,

机の中を探すことは,個の侵害にはあたらず,

何の理由もなしに,不在時に,勝手に机の中を物色することは,

個の侵害にあたると考えます。

 

 

このように,どのような場合に,パワハラに該当するのかは,

ケースバイケースで検討する必要があります。

 

 

3 豊前市事件の裁判例

 

 

ここで,個の侵害が問題になった豊前市事件の

福岡高裁平成25年7月30日判決(判例タイムズ1417号100頁)

を紹介します。

 

 

この事件では,自治体の職員である原告が,

若い女性職員と交際していたことについて,

上司が原告に対して,次のような発言をしました。

 

 

「入社して右も左も分からない若い子をつかまえて,だまして。

お前は一度失敗しているから悪く言われるんだ」

 

 

「お前が離婚したのは,元嫁の妹に手を出したからだろうが。

一度失敗したやつが幸せになれると思うな。

親子くらいの年の差があるのに常識を考えろ。

お前俺をなめているのか。

俺が野に下ったら,お前なんか仕事がまともにできると思うなよ」

 

 

また,この上司は,原告の交際相手の若い女性職員に対して,

次のような発言をしました。

 

 

「あいつ(原告)は,危険人物だぞ。

これまでもたくさんの女性を泣かせてきた。

豊前市のドン・ファンだ」

 

 

職場の上司が,ここまで露骨に,部下の職場恋愛に介入するのは,

明らかにいきすぎであり,この上司の言動は,

誹謗中傷,名誉毀損,私生活に対する不当な介入に該当するとして,

原告の人格権侵害を認めて,慰謝料30万円が認められました。

 

 

 

この事件では,交際相手の女性の日記に,

上司の言動が記載されており,

上司のパワハラの言動を立証することができました。

 

 

ここまで露骨な私生活への介入であれば,

個の侵害と容易に言えるのですが,それ以外のケースでは,

判断に迷うことも多いでしょうし,

そもそも証拠がなくて証明できないことも多いと思います。

 

 

やはり,パワハラ事件には,

①立証の難しさ,

②ケースバイケースで様々な事実を総合考慮して判断する難しさ,

③慰謝料が低額である,

という3つのハードルがあるのです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

居酒屋で発生したパワハラについて会社に損害賠償請求できるのか

1 パワハラ防止の指針案の問題点

 

 

先日のブログで,パワハラ防止の指針案について,解説し,

優越的な関係を背景とした言動の解釈として,

抵抗または拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景とした言動

とすることは,パワハラの範囲を不当に狭めることになる

という問題点を指摘しました。

 

 

 https://www.kanazawagoudoulaw.com/tokuda_blog/201911298782.html

 

 

このパワハラ防止の指針案には,

もう一つ重要な問題点があります。

 

 

それは,パワハラ防止の指針案が,

規制の対象を「職場における」パワハラに限定していることです。

 

 

 

パワハラ防止の指針案において,「職場」とは,

「事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し,

当該労働者が通常就業している場所以外の場所であっても,

当該労働者が業務を遂行する場所については,職場に含まれる」

と定義されています。

 

 

この定義では,労働者が本来的に働いている場所と,

営業先や出張先は職場に含まれますが,

居酒屋における会社の飲み会の席でのパワハラが,

職場ではないパワハラなので,

規制の対象からはずれてしまうおそれがあります。

 

 

 

2 居酒屋などで行われたパワハラの損害賠償請求を認めた裁判例

 

 

ここで,会社の外の居酒屋などで行われたパワハラについて判断した

コンビニエースほか事件の東京地裁平成28年12月20日判決

(労働判例1156号28頁)を紹介します。

 

 

この事件では,コンビニを複数店舗経営する経営者と,

コンビニの店長が,被害者の労働者に対して,

次のような,悪質なパワハラをしました。

 

 

①居酒屋で会社の飲み会があったときに,

被害者の鼻の頭にタバコの火を押し付けた。

 

 

②会社のメンバーでカラオケ店にいったときに,

被害者は,カラオケのマイクで10~20回殴られた。

 

 

③居酒屋で会社の飲み会があったときに,

被害者は,焼き鳥の串で手の甲を刺され,灰皿で頭を殴られた。

 

 

④コンビニの店舗の中でエアガンで撃たれる。

 

 

⑤会社の飲み会の代金をむりやり支払わされて,

その総額が200万円以上となった。

 

 

⑥売れ残り商品をむりやり買わされる。

 

 

上記の④と⑥は,会社の中で行われたパワハラなので,

パワハラ防止の指針案の対象となるですが,

①~③と⑤は,会社の外の居酒屋やカラオケ店で行われたパワハラなので,

パワハラ防止の指針案の対象からはずれてしまいます。

 

 

しかし,会社の外で行われたパワハラであっても,

会社やパワハラ行為者に対する損害賠償請求が認められました。

 

 

 

3 使用者責任

 

 

この事件では,会社に対する損害賠償請求は,

民法715条の使用者責任が根拠となりました。

 

 

使用者責任とは,会社が雇っている労働者が,

会社の仕事をしていたときに,他人に損害を与えた場合に,

会社も損害賠償の責任を負うというものです。

 

 

この点,居酒屋における飲み会での出来事が,

会社の仕事と関連があるのかが問題となります。

 

 

裁判所は,「職務との関連性や使用者による支配・統制の可能性の程度等

から判断して,当該不法行為が客観的に使用者の支配領域内の事柄である

と認められる場合」には,使用者責任を認めると判断しました。

 

 

ようするに,居酒屋における飲み会であっても,

飲食しながら,注意や指導が行われて,

その延長線上に暴力や暴言があれば,

会社の支配領域内の出来事として,会社は,

居酒屋で生じたパワハラの責任を負わなければならなくなるのです。

 

 

裁判では,居酒屋におけるパワハラも

損害賠償請求の対象とする場合があることを認めていることから,

パワハラ防止の指針案でも,職場以外の場所におけるパワハラも

規制対象に含めるべきです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

パワハラ防止指針案の改訂~パワハラの範囲を不当に狭めるべきではない~

1 パワハラ防止指針案の改訂版が公表されました。

 

 

以前,ブログで紹介しましたが,

今年10月にパワハラを防止するための指針が,

厚生労働省から公表されました。

 

 

https://www.kanazawagoudoulaw.com/tokuda_blog/201910248667.html

 

 

しかし,労働者側から,対象範囲が狭く,

会社の弁解カタログになってしまうという批判がありました。

 

 

この批判を受けて,11月20日に,

事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する

問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(案)について

という文書が公表されました。

 

 

https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/000568623.pdf

 

 

本日は,この改訂されたパワハラ防止の指針案について解説します。

 

 

2 被害者の主観を考慮すべき

 

 

改訂されたパワハラ防止の指針案においても,

①優越的な関係を背景とした言動であって,

②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより,

③労働者の就業環境が害されるもの,

という3つの要件の具体的な内容は変わっていません。

 

 

もっとも,パワハラの相談窓口の担当者が,留意すべきこととして,

相談を行った労働者の心身の状況や当該言動が行われた際の

受け止めなどその認識にも配慮しながら,

相談者及び行為者の双方から丁寧に事実確認等を行うことも重要である。

と記載されました。

 

 

 

参議院の附帯決議に,労働者の主観に配慮することが

記載されていたのに,今年10月の指針案には,

このことが盛り込まれていなかったことから,

今回の改訂で追加されました。

 

 

ある出来事をどのように受け止めるのかは,人それぞれですので,

パワハラの被害者の受け止め方も当然に考慮されるべきです。

 

 

3 改訂版での変更点

 

 

10月の指針案には,身体的な攻撃の類型の中に,

誤って物をぶつけてしまうことがパワハラに該当しない例

としてあげられていましたが,今回の改訂で削除されました。

 

 

通常,人に物をぶつけるときは,意図的にすることが多く,

誤ってぶつけることが考えにくいことから,

削除されたものと思われます。

 

 

10月の指針案には,精神的な攻撃の類型の中に,

パワハラに該当しない例として,重大な問題行動を行った労働者に対して,

強く注意することとがあげられていましたが,これが,

一定程度強く注意する」に変更されました。

 

 

一定程度という表現を加えることで,

問題行動を行った労働者を指導することが

パワハラに該当しない余地を残す必要があったのだと思います。

 

 

10月の指針案には,過小な要求の類型の中に,

パワハラに該当しない例として,

経営上の理由により,一時的に,

能力に見合わない簡易な業務に就かせること。

があげられていましたが,今回の改訂でこれが削除されました。

 

 

「経営上の理由」という会社にとって,

いかようにもつかえる都合のいい表現でしたので,

特定の労働者に無意味な作業を延々とやらせる

追い出し部屋を容認しているという批判を受けて削除されました。

 

 

 

追い出し部屋は労働者の尊厳を踏みにじって,

退職に追い込む狡猾な手段なので,

これが削除されたのはよかったです。

 

 

4 一番の問題点

 

 

10月の指針案よりも,表現がわかりやすくなり,

一歩前進していますが,私が一番懸念している

箇所が改訂されていなかったのが残念です。

 

 

それは,優越的な関係を背景とした言動の解釈として,

パワハラの被害者が加害者に対して

抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い

関係を背景として行われるもの」という点です。

 

 

パワハラの被害者がパワハラをやめてほしくて,

何かしらの抵抗や拒絶をすれば,

優越的な関係を背景とした言動に該当しないと判断される余地があり,

パワハラの範囲を不当に狭めるリスクがあると考えるからです。

 

 

なんとか,この表現を変更して,

パワハラの範囲を広げる必要性があります。

 

 

今後の,パワハラ指針の動向に注目したいです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

トヨタ自動車のパワハラ自殺からパワハラと労災申請を検討する

1 トヨタ自動車のパワハラ自殺事件

 

 

11月20日の過労死シンポジウムが

石川県で開催された日の朝刊で,

トヨタ自動車の労働者が上司のパワハラを受けて,

自殺したことが労災と認定されたことが報道されました。

 

 

https://www.asahi.com/articles/ASMCM33X0MCMPTIL006.html

 

 

報道によりますと,自殺した労働者は,上司から,

「バカ,アホ」,「死んだ方がいい」などの言葉の暴力を受けて,

適応障害を発症して,自殺したたようです。

 

 

 

日本を代表する企業において,

パワハラによる労働者の自殺が発生したことは,

社会に大きな衝撃を与えました。

 

 

あのトヨタ自動車でさえ,労働者が自殺してしまうほどの

パワハラが行われていたのですから,他の日本の企業においても,

パワハラの被害が生じているのが容易に想像できます。

 

 

さらに,法律でパワハラ防止措置義務が企業に課されることになり,

パワハラの指針が議論されている現状において,

トヨタ自動車のパワハラが明るみになっただけに,

衝撃は大きかったです。

 

 

 

本日は,トヨタ自動車の事件をもとに,

パワハラと労災申請について解説します。

 

 

2 精神障害の労災認定基準

 

 

パワハラを理由に労災申請する場合,労働者が受けたパワハラが,

「心理的負荷による精神障害の認定基準」という労災の基準の別表1

「業務による心理的負荷評価表」に記載されている具体的出来事に該当し,

その心理的負荷が強と判断されなければなりません。

 

 

パワハラで労災を申請する場合,具体的出来事としては,

「(ひどい)嫌がらせ,いじめまたは暴行を受けた」,

「上司とのトラブルがあった」にあてはまるかを検討します。

 

 

「(ひどい)嫌がらせ,いじめまたは暴行を受けた」の類型では,

部下に対する上司の言動が,業務指導の範囲を逸脱しており,

その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ,

かつ,これが執拗に行われた」場合に心理的負荷が強となります。

 

 

①業務指導の範囲の逸脱,

②人格や人間性を否定する言動,

③執拗に行われる,

という3つの要件を満たす必要があります。

 

 

とくに,③執拗に行われる,という要件があるため,

1回きりの人格を否定するひどい暴言だけでは,

労災と認定されないわけです。

 

 

 

次に,「上司とのトラブルがあった」の類型では,

業務をめぐる方針等において,周囲からも客観的に認識されるような

大きな対立が上司との間に生じ,その後の業務に大きな支障を来した

場合に心理的負荷が強となります。

 

 

周囲から客観的に認識されて,業務に支障を来す必要があるので,

これを証明していくのは至難の業です。

 

 

このように,パワハラで労災の認定を受けるのは

ハードルが高いのが現状です。

 

 

3 録音や周囲の人間の証言が重要

 

 

トヨタ自動車のパワハラ自殺事件では,

上司が暴言をはいたことを認めているようですが,

暴言の録音や同僚の証言があったから,

上司は暴言をはいたことを認めたのかもしれません。

 

 

言葉による暴力は,録音や周囲の人間の証言がないと,

証明が難しいのです。

 

 

また,トヨタ自動車の事件では,

休職後にいったん復職して自殺しているので,

休職前のパワハラと復職後の自殺の因果関係を認めた

点においても画期的です。

 

 

以上解説してきたように,パワハラの労災の認定基準が厳しいので,

この労災認定基準を,パワハラの被害者に有利に改正する必要があります。

 

 

ちょうど,厚生労働省は,精神障害の労災認定基準に

パワハラについての項目を加える方向で改正をすすめるようですので,

労働者に有利に改正されることを期待したいです。

 

 

https://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2019111602000117.html

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

ハラスメント事件における実務対応

1 日本労働弁護団第63回全国総会に参加してきました

 

 

11月8日と9日に,岡山市で開催された

日本労働弁護団第63回全国総会へ参加してきました。

 

 

(徳住堅治団長のごあいさつ)

 

 

労働者側で労働事件を多く担当している弁護士が全国から集まり,

最近の労働法制の動きや,担当している事件の報告があり,

最新の知識と情報を入手できるので,私は,毎年参加しています。

 

(棗一郎幹事長のご報告)

 

 

今年は,総会後に,スタディグループという,

先輩弁護士から実務でよく問題になる争点について,

ノウハウを教えてもらえる勉強会が開催されました。

 

 

私は,「ハラスメント事件における実務対応」の

スタディグループに参加してきました。

 

 

講師の先生は,福井の海道宏実先生,

埼玉の金子直樹先生,大阪の大橋さゆり先生の3名です。

 

 

 

総会が終わって,通常であれば,すぐに帰るか,

観光にいくかという時間帯でしたが,

若手から中堅の弁護士が70人ほど参加しており,

いかにハラスメント事件への対応に関心が強いのかがよくわかります。

 

 

2 ハラスメント事件は悩ましい

 

 

それもそのはず,今では,労働事件の法律相談で

最も多いのがハラスメント事件です。

 

 

そして,ハラスメント事件は,

①立証の問題,

②ハラスメントと業務指導の線引の問題,

③慰謝料額の問題

という3つのハードルがあるため,

弁護士にとって,法律相談の対応が難しいのです。

 

 

ハラスメントを受けて苦しんでいる方が目の前にいるのに,

証拠がなかったり,業務指導との線引が難しかったり,

認められる慰謝料の額が少なかったりして,

依頼を断らざるをえないこともしばしばあります。

 

 

3名の経験豊富な先生のお話をお聞きして,

この悩みは労働者側の弁護士の共通の悩みなのだと痛感できました。

 

 

3 実践から学ぶ主張・立証・対応の工夫

 

 

それでは,今回のスタディグループで得た気づきを,

アウトプットします。

 

 

パワハラの労災では,1回だけの暴言だけでは,

心理的負荷が強とは認められず,

執拗に行なわれていなければならないので,ハードルが高い。

 

 

・パワハラの労災では,パワハラの出来事以外にも,

1ヶ月100時間を超える時間外労働などの

他の要素と組み合わせることで,

心理的負荷が強であったと主張していく。

 

 

・相談者がまだ在職中であれば,

会社に出社する直前にICレコーダーで録音を開始し,

会社を退社した後に録音を停止することで,パワハラの証拠をつかむ。

 

 

 

・相談者がパワハラのことを上司に相談していた場合には,

相談者から上司に電話をさせて,

パワハラの相談したことを確認させて,

それを録音するという方法がある。

 

 

・相談者が精神科の医師にパワハラの出来事を話しており,

それがカルテに記載されていれば,有効な証拠になる

(医師に嘘をつくことはないから)。

 

 

・残業代請求や解雇を争うときに,

パワハラの慰謝料をセットで請求する。

 

 

・パワハラ事件で弁護士が代理人としてアクションを起こす前に,

精神科の医師に意見を求めることがある。

 

 

労災の再審査請求では,黒塗りされていない事件プリントが入手できる。

 

 

・大企業における自殺事件では,

顧問弁護士が既に調査していることがあるので,

調査結果を証拠保全手続で獲得する。

 

 

・証拠保全手続でメールをおさえる場合,

誰の誰へのいつのメールというかたちで特定する。

 

 

先輩弁護士からの貴重な経験談を聞くことができましたので,

早速,日々の事件対応で活用していきます。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

部下から上司に対する逆パワハラ

1 産業医科大学の逆パワハラ事件

 

 

産業医科大学の医学部の教授が,

部下に大勢の医局員の前で謝罪するように強要されたり,

病院の外で誹謗中傷されたりしたとして,

部下及び大学に対して,損害賠償請求の訴訟を提起しました。

 

 

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191028-00010000-nishinpc-soci

 

 

部下の上司に対する,いわゆる逆パワハラ

ということで注目されています。

 

 

本日は,逆パワハラについて,検討します。

 

 

2 パワハラの定義

 

 

まず,今年の通常国会で成立した改正労働施策総合推進法において

定義されたパワハラとは,

①優越的な関係を背景とした言動であって,

②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより,

③労働者の就業環境が害されるもの,

というものです。

 

 

 

通常,パワハラは,上司から部下に対して行なわれることが多く,

その場合には,①優越的な関係を背景とした言動という要件を満たします。

 

 

しかし,部下から上司に対するパワハラの場合,通常,

上司は,部下に対して指導監督することができる立場にあるので,

①優越的な関係を背景とした言動という要件を

満たさないのではないかが問題となります。

 

 

ここで,部下から上司に対するパワハラが問題になった

労災の裁判例を紹介します。

 

 

3 逆パワハラの裁判例

 

 

1つは,国・渋谷労基署長(小田急レストランシステム)事件の

東京地裁平成21年5月20日判決(労働判例990号119頁)です。

 

 

この事件では,部下が上司について,売上を着服している,

金庫から金銭を盗んだ,女性社員にセクハラをしている,

などが記載されている中傷ビラを配布し,

上司がその対応におわれ,店長の職を解任されました。

 

 

その後,この上司はうつ病を発症し,自殺しました。

 

 

裁判では,部下とのトラブルが他の事情とあいまって,

強い心理的負荷が生じていたとして,労災と認められました。

 

 

もう1つは,京都地裁平成27年12月18日判決です。

 

 

この事件では,部下が上司のことを,

「給与が高いくせに仕事ができない」などと言い,

部下が,病気で字がうまく書けない上司に対して,

「日本語わかっていますか」という辛辣な発言をしました。

 

 

その後,この上司は,うつ病に罹患しました。

 

 

裁判では,部下とのトラブルがあったとして,

心理的負荷の強度は中でしたが,総合評価で強となり,

労災と認められました。

 

 

部下から上司の逆パワハラの場合,

①上司の業務上の経験や適性の有無,

②上司の部下に対する監督権限の有無,

③部下の不適切な行動を容認するような状況,

といった要素をもとに,

部下の上司に対する優越的な関係を背景とした言動といえるかが

検討されます。

 

 

 

4 職場におけるパワーハラスメントに関して雇用管理上講ずべき措置等に関する指針の素案の問題点

 

 

なお,先日公表された「職場におけるパワーハラスメントに関して

雇用管理上講ずべき措置等に関する指針の素案」において,

優越的な関係を背景とした言動については,

当該言動を受ける労働者が行為者に対して

抵抗または拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として

行なわれるものとされました。

 

 

その具体例として,次のことが例示されました。

 

 

同僚または部下による言動で,当該言動を行う者が

業務上必要な知識や豊富な経験を有しており,

当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの

 

 

同僚または部下からの集団による行為で,

これに抵抗または拒絶することが困難であるもの

 

 

部下から上司に対する逆パワハラも,

優越的な関係を背景とした言動に含まれることが明らかとなりました。

 

 

しかし,抵抗または拒絶することができない蓋然性が高い関係

という解釈では,パワハラに該当する言動が不当に狭められてしまい,

パワハラの被害救済に支障が生じるおそれがあると考えます。

 

 

そのため,抵抗または拒絶することができない蓋然性が高い関係

という解釈を,もっと被害者救済に有利に改善していく必要があります。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。