電通の正社員を個人事業主に変更することの問題点

1 電通における正社員の個人事業主化

 

 

電通が一部の正社員との労働契約を業務委託契約に切り替えて、

個人事業主とする制度を公表したところ、波紋が広がりました。

 

 

報道によりますと、この制度の適用者は、電通を退職した後に、

電通が設立する新会社との間で10年間の業務委託契約を締結し、

電通時代の給料をもとにした固定報酬が支払われるようです。

 

 

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66103760R11C20A1916M00/

 

 

タニタでも、労働者を個人事業主とする制度が始まっているようで、

このような動きが広がることを懸念しています。

 

 

なぜならば、労働法で保護されるべき人が労働法で保護されなくなり、

生活に困窮する人が増えるリスクがあるからです。

 

 

 

本日は、労働者を個人事業主に変更することの問題点

について解説します。

 

 

2 労働者は労働法で守られている

 

 

まず、労働者に該当すれば、労働基準法が適用されるので、

会社は簡単に労働契約を解除することができなくなり、

労働者が残業をすれば、残業代が支払われます。

 

 

また、仕事中にけがをしても、労災保険から治療費が支給されたり、

仕事を休んでいた期間の休業補償給付が支給されます。

 

 

労働者には、最低賃金が保障されますので、

働けば、最低賃金以上の給料の支払を受けることができます。

 

 

労働者から個人事業主になれば、

これらの労働法の恩恵を受けられなくなり、

契約期間が終了すれば、契約が打ち切られて、仕事を失ったり、

最低賃金以下の報酬しか受け取れないリスクが生じて、

生活に困窮する人が増えるおそれがあります。

 

 

会社からすれば、労働者を個人事業主にできれば、

労働者の社会保険料の負担を軽減できますし、

解雇規制がなくなるので、契約を打ち切ることができて、

コスト削減のメリットがあります。

 

 

そのため、労働者が個人事業主になることは、

労働者にとってはリスクがある一方、

会社にとってはメリットが大きいのです。

 

 

3 労働者とは

 

 

とはいえ、会社が労働者との労働契約を名称だけ、

業務委託契約に変更しただけでは、

労働者でなくなるわけではありません。

 

 

契約の名称ではなく、実態をみて、労働者か否かが判断されます。

 

 

それでは、どのような場合に、労働者と判断されるのでしょうか。

 

 

労働基準法9条に、労働者の定義が規定されています。

 

 

すなわち、労働者とは、

「事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」

と定義されています。

 

 

 

この定義の「使用される」とは、使用従属性と言われ、

次の4つの実態から判断されます。

 

 

①使用者の仕事の依頼、業務遂行の指示などに対し、

これを拒否する自由をもっていない。

 

 

②業務の内容や遂行の方法について

使用者の具体的な指揮命令を受けている。

 

 

③勤務場所、勤務時間などが指定されている。

 

 

④報酬の性格が使用者の指揮監督の下に

一定時間労働を提供したことに対する対価と判断される。

 

 

電通の事例にあてはめてみますと、

電通の労働者が個人事業主になって、

電通と業務委託契約を締結すると、10年間、

電通の競業他社との契約は禁止されますので、

広告の仕事をするとなると、

電通から専属的に仕事をもらわざるを得なくなり、

電通からの仕事の依頼を拒絶できなくなります(①)。

 

 

いったん、電通を退職するので、

仕事の内容についての指揮命令(②)や、

勤務場所や勤務時間の指定(③)は、

緩くなると考えられますが、

電通時代の給与をもとにした固定報酬が支給されるので、

報酬が電通に対して一定時間労働を提供したことの

対価といえそうです(④)。

 

 

そうしますと、電通の正社員が個人事業主となっても、

①から④の実態を総合考慮すれば、労働者に該当して、

労働法が適用されると考えられます。

 

 

電通は、新しい働き方を求める社員の声に応じて、

正社員を個人事業主とする制度を導入したと主張していますが、

副業を解禁すればいいだけのことです。

 

 

会社が労働法の規制を免れたいために、

労働契約を業務委託契約に変更することは古典的ですが、

よくあることですので、労働者としては、

業務委託契約への変更に応じるべきではありません。

 

 

高橋まつりさんの過労自殺事件で、

世間から大きな批判を受けた電通において、

労働法を潜脱する動きがあるのは残念です。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

スーパーホテルの支配人は労働者か

1 スーパーホテルの名ばかり支配人が提訴

 

 

スーパーホテルの支配人であった男女が

未払残業代請求の訴訟を起こしました。

 

 

https://www.asahi.com/articles/ASN5X635MN5XULFA01J.html

 

 

スーパーホテルでは,支配人との間で

業務委託契約を締結しているようで,提訴した支配人の男女は,

業績悪化を理由に業務委託契約を解除されたようです。

 

 

 

形式的には業務委託契約を締結していたため,

支配人は労働者として扱われず,裁量がないなかで

24時間365日働かされてきたと主張しています。

 

 

支配人が個人事業主ではなく労働者と判断されれば,支配人には,

労働基準法が適用されますので,1日8時間を超えて働いた場合に,

会社に対して,残業代を請求できることになります。

 

 

今後,雇用によらない働き方が増えていきますと,

実質は労働者なのに,形式が労働契約ではないので,

労働基準法の保護を受けられないという問題

が増えてくることが懸念されます。

 

 

本日は,労働基準法が適用される労働者について,解説します。

 

 

2 労働基準法の労働者とは

 

 

労働基準法9条には,労働者の定義が定められており,

「事業に使用される者で,賃金を支払われる者」とされています。

 

 

「事業に使用される者」とは,使用者の指揮監督下において

労務の提供をする者をいい,「賃金を支払われる者」とは,

労務に対する対償を支払われる者をいいます。

 

 

これだけでは,まだ抽象的なので,具体的には,

以下の考慮要素を総合して判断していきます。

 

 

使用者の指揮監督下における

労務の提供の有無に関する考慮要素としては,

①仕事の依頼,業務従事の指示に対する諾否の自由の有無,

②業務遂行上の指揮監督の有無,

③時間的・場所的拘束の有無,

④労務提供の代替性の有無があげられます。

 

 

例えば,①仕事の依頼を断ることができず,

②会社からの指揮監督を受けていて,

③仕事の時間と場所が決められていて,

④自分以外の代わりの人材に仕事をしてもらうことができない場合には,

労働者と判断されやすくなります。

 

 

報酬の労務対償性の有無に関する考慮要素としては,

⑤報酬の額,計算方法,支払形態,

⑥給与所得としての源泉徴収の有無,

雇用保険,厚生年金,健康保険の保険料徴収の有無があげられます。

 

 

例えば,⑤報酬が時間給を基礎として計算されていたり,

⑥報酬から社会保険料がひかれていれば,

労働者と判断されやすくなります。

 

 

その他の補強要素として,

⑦事業者性の有無に関する要素,

⑧専属性の程度に関する要素があげられます。

 

 

例えば,⑦仕事で使用する器具を会社から支給されていたり,

⑧他の会社で働くことか事実上困難であれば,

労働者と判断されやすくなります。

 

 

このように,上記①~⑧の要素を総合考慮するので,

労働者といえるかの判断は,そう簡単ではありません。

 

 

スーパーホテルの支配人の場合,あらゆる業務内容は

1400ページもあるマニュアルに規定されていたようですので,

②業務遂行上の指揮監督があったといえそうです。

 

 

 

また,ホテル内の居住スペースには,

フロントの監視カメラの映像が常に流れており,

緊急時対応用の電話があって,

客とのトラブルにいつでも対応しなければならないので,

③時間的,場所的拘束性があり,

⑧専属性が高かったといえそうです。

 

 

そのため,スーパーホテルの支配人は,

労働者と判断される可能性があると考えます。

 

 

裁判所がどのような判断をするのか,動向を注視していきたいです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

ヤマハ英語教室の名ばかり個人事業主の英語講師が労働者となります

1 ヤマハ英語講師ユニオンの活躍

 

 

朝日新聞の報道によりますと,ヤマハ英語教室で

個人事業主とされていた英語講師が労働組合を結成し,

ヤマハミュージックジャパンと団体交渉を続けた結果,

ヤマハミュージックジャパンは,英語講師を個人事業主ではなく

労働者として雇用するようです。

 

 

https://www.asahi.com/articles/ASN637HCWN57PTIL01H.html

 

 

ヤマハ英語教室の英語講師は,ヤマハミュージックジャパンと

1年ごとに契約を更新する委任契約を締結して,

教材選びや勤務の時間や場所について

会社の指揮命令に従って働いていたようです。

 

 

 

形式的には,個人事業主なのですが,

実質的には,労働者だったわけです。

 

 

このように,実質は労働契約なのに,

契約の形式が請負契約や委任契約となっているために,

労働法の保護を受けれていない方がいるのです。

 

 

本日は,名ばかり個人事業主の労働者性について解説します。

 

 

2 なぜ名ばかり個人事業主がいるのか

 

 

まず,会社は,なぜ,働き手を労働者ではなく,

個人事業主として,働かせたいのでしょうか。

 

 

一つは,経費の削減です。

 

 

会社は,労働者を雇用すると,

厚生年金保険料と健康保険料を労働者と折半して

負担しなければならないですし,

労災保険料は全額会社負担となります。

 

 

労働者を雇用することで会社に発生する

これらの社会保険料の負担を免れるために,

実質は労働者なのに形式は個人事業主として

働かせることがあるのです。

 

 

もう一つは,契約を打ち切りやすいことです。

 

 

正社員の労働者には,労働契約法16条の

解雇権濫用法理が適用されるので,

簡単に労働契約を終了させることはできません。

 

 

他方,個人事業主との業務委託契約では,

契約期間が区切られていることが多く,例えば,

契約期間が1年であれば,1年が経過すれば,

業務委託契約は終了してしまうので,

個人事業主は不安定な立場にあるのです。

 

 

会社からすれば,契約期間で雇用を調整できるので,

個人事業主は都合の良い働き手になるわけです。

 

 

とはいえ,会社の都合だけで,

労働法による保護を潜脱できるわけではなく,

形式が個人事業主であっても,実質は労働者であれば,

労働法の保護が及びます。

 

 

3 労働者の要件

 

 

実質は労働者であるといえるためには,

①会社の指揮監督下において労務の提供をする者であり,

②労務に対する対償を支払われる者

という2つの要件を満たす必要があります。

 

 

①の要件については,次の4つの要素が考慮されます。

 

 

ア 仕事の依頼,業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無

 

 

イ 業務遂行上の指揮監督の有無

 

 

ウ 時間的,場所的拘束の有無

 

 

エ 労務提供の代替性の有無

 

 

②の要件については,次の2つの要素が考慮されます。

 

 

オ 金額,計算方法,支払形態

 

 

カ 給料所得としての源泉徴収の有無,

雇用保険,厚生年金,健康保険の保険料徴収の有無

 

 

また,その他の補強要素として,次の2つの要素が考慮されます。

 

 

キ 事業者性の有無

 

 

ク 専属性の程度

 

 

例えば,会社からの仕事の指示を断れず(ア),

会社から仕事の進め方について指揮命令を受けていて(イ),

勤務時間と場所を会社に管理され(ウ),

自分以外の労務提供が認められておらず(エ),

労働時間に応じて報酬が決まり(オ),

報酬から源泉徴収されていて(カ),

仕事の器具を会社から借りていたり(キ),

他の会社で仕事をすることができない(ク)

といった場合には,労働者に該当します。

 

 

 

ヤマハ英語教室の場合,英語教材を会社から指示されたり,

毎月の会議に出席することを求められていたので,

業務遂行上の指揮監督を受けていたといえます(イ)。

 

 

また,講義の場所と時間も会社に管理されていて,

英語講師には裁量がなかったといえます(ウ)。

 

 

そのため,ヤマハ英語教室の講師は,

会社の指揮監督下で労務提供をしていたとして,

労働者に該当すると考えます。

 

 

コロナ禍においては,労働者に該当すれば,

会社が休業しても,労働基準法26条が適用されるので,

会社に対して,休業手当を請求できますし,

雇用保険が適用されるので,仕事を失っても失業給付を受給できます。

 

 

逆に,労働者ではなく,個人事業主であれば,

これらの補償はもらえません。

 

 

コロナ禍は,個人事業主の立場の弱さをあらわにしましたので,

実質は労働者として働いている名ばかり個人事業主には,

労働法をしっかりと適用して保護すべきです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

労災保険法が適用される労働者とは

先日,ブログ記事において,会社との間で

業務委託契約を締結していた労働者の労災申請について,

特別加入制度を利用することで,労災保険に準ずる

補償を受けられることについて解説しました。

 

 

https://www.kanazawagoudoulaw.com/tokuda_blog/rousai/201909248569.html

 

 

労働者との間で業務委託契約を締結する動きについて,

最近では,体脂肪計のタニタにおいて,

労働者と業務委託契約を締結して,

労働者を個人事業主としていることがあげられます。

 

 

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190812-00009998-bengocom-soci

 

 

もっとも,形式的に業務委託契約を締結していても,

具体的な契約内容や就労実態からすれば,

労働基準法や労災保険法の労働者と認められて,

労働基準法が適用されたり,

通常の労災保険が適用される可能性があります。

 

 

本日は,形式的に業務委託契約を締結していても,

実質的に労働基準法や労災保険法の労働者といえるのは

どのような場合かについて,解説します。

 

 

 

労働基準法や労災保険法の労働者といえるかの

判断基準としては大きく2つあります。

 

 

1つは,指揮監督下の労働という労務提供の形態,

もう1つは,賃金支払という報酬の労務に対する対償性です。

 

 

指揮監督下の労働については,

①仕事の依頼,業務従事の指示に対する諾否の自由があったか,

②業務遂行上の指揮監督があったか,

③時間的場所的な拘束があったか,

④作業時従事者の判断で代役を立てたり応援を呼んだりするという

代替性があったか,をもとに判断します。

 

 

具体的な事例で検討してみます。

 

 

運転代行業務の会社に勤務していた

代行運転手の労働者性が問題となった

ミヤイチ本舗事件の東京高裁平成30年10月17日判決

(労働判例1202号121頁)をみてみましょう。

 

 

 

この事件では,原告らは,仕事開始時間,待機の場所について

具体的に指示されるなど,被告会社の包括的な指揮監督に服していたと

判断され,上記②と③の基準にあてはまります。

 

 

また,原告らの勤務シフトは,被告会社が一方的に作成していたので,

原告らには,業務指示に対する諾否の自由はなかったと判断され,

上記①の基準にあてはまります。

 

 

そして,原告らの報酬は,歩合給だけではなく,

職務手当や役職手当の名目で支払がなされており,

被告会社の決算書上原告らに対する支払を給料として

計上していたことから,報酬の労務に対する対償性も認められました。

 

 

以上より,上記事件の代行運転手は,労働者と認められたのです。

 

 

このように,形式的に業務委託契約が締結されていたとしても,

契約内容や労働実態を実質的に検討すれば,

労働契約であると判断されるケースは

わりと多いのではないかと思います。

 

 

そのため,会社から,あなたは労働者ではないので

労災保険は使えませんと言われても,自分は労働者であるとして,

労災保険の適用が受けられないのかを検討すべきです。

 

 

形式的に業務委託契約を締結して,

労働基準法や労災保険法の適用を免れようとする

会社が少なくなることを期待したいです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

日本相撲協会の危機管理政策顧問・常任特別顧問は労働者か?

2019年の大相撲の夏場所において,

富山県出身の朝乃山関が優勝しました。

 

 

北陸出身の力士が本場所で優勝したニュースに,

同じ北陸出身の者として勇気をもらいました。

 

 

さて,私の手元に届く判例集を見ていると,日本相撲協会との間で,

労働契約が成立していたかが争われた事件の裁判例が掲載されていたので,

紹介したいと思います

(東京地裁平成30年8月28日判決・判例時報2393・2394合併号)

 

 

 

この事件では,日本相撲協会との間で,

事務局全般の助言と指導,理事長の特命業務,

危機管理に関する業務を委託する業務委託契約を

締結した会社の代表者が(原告),

危機管理政策顧問や常任特別顧問という役職で活動していましたが,

日本相撲協会に雇用されていたのに解雇されたとして,

労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めました。

 

 

労働契約上の権利を有する地位が認められるためには,

ある団体とある人物との間で,

労働契約が成立していることが必要になります。

 

 

労働契約の成立について,労働契約法6条では,

「労働契約は,労働者が使用者に使用されて労働し,

使用者がこれに対して賃金を支払うことについて,

労働者及び使用者が合意することによって成立する」

と規定されています。

 

 

そのため,就労時間やそれに対する賃金額及びその支払方法などの

具体的な労働条件が労働契約の内容として,

労働者と使用者が合意することで,

労働契約が成立するのです。

 

 

本件事件では,日本相撲協会と原告との間で,

労働条件を記載した労働契約書は取り交わされておらず,

賃金や所定労働時間などの労働条件が特定されておらず,

就業規則で定められた職員採用の手続きもとられていないことから,

明示的に具体的な労働条件を定めた労働契約は

締結されていないと判断されました。

 

 

賃金や労働時間といった重要な労働条件が何も決まっていないと,

労働契約とは認められないということです。

 

 

また,前述した労働契約法6条の条文の規定から,

労働者といえるためには,

①使用者の指揮監督下において労務の提供をし,

②労務提供に対する対償を支払われる者という

「使用従属性の要件」を満たす必要があります。

 

 

原告は,①日本相撲協会の意向に沿わない活動をしたりしていたので,

日本相撲協会の指揮監督の下に置かれておらず,

②報酬が月額144万円と日本相撲協会の理事長と

同じ金額を受け取っているものの,

労務提供に対する対償として高額であることから,

日本相撲協会の指揮命令下において仕事をしているものではなく,

労働者と認められませんでした。

 

 

自分の好き勝手に働いていたのでは,

使用者の指揮監督に応じていない,

独立した個人事業主といえますし,

報酬が通常の労働者と比較して高額すぎると,

個人事業主と判断されやすくなります。

 

 

労働契約が成立する際の考慮要素や,

労働者と認められるための基本的な要素について,

学べる事案だと思い,紹介しました。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

協同組合の常務理事は労働者として保護されるのか?

日本の会社では,サラリーマンから

出世して取締役になることがあります。

 

 

 

 

取締役の場合,株主総会の普通決議で選任され,

会社と委任契約を締結し,委任契約期間が満了したり,

株主総会で解任されると,取締役としての地位を失います。

 

 

他方,労働者の場合,よほどのことがない限り解雇されず,

賃金は労働基準法24条1項により,全額払の原則で保護されています。

 

 

ようするに,取締役よりも労働者の方が保護が手厚いのです。

 

 

それでは,サラリーマンが取締役になった場合,

労働者としての保護は一切受けられなくなるのでしょうか。

 

 

労働者兼役員の者は,労働基準法上の「労働者」

といえるかという問題点について,説明します。

 

 

 

 

この問題点が争われた佐世保配車センター協同組合事件を紹介します

(福岡高裁平成30年8月9日判決・労働判例1192号17頁)。

 

 

この事件では,協同組合の労働者であった原告が

常務理事に就任したものの,ある労働者の横領事件を

代表理事に報告しなかったことを問題視されて,

理事職解任と離職が通知されたのですが,原告は,

労働契約法や労働基準法が適用される労働者であるとして,

解雇は無効であることから未払賃金の請求と退職金の請求をしました。

 

 

原告が理事に就任した後も,

理事就任前と同じ業務を行い,理事会や総会の議事録を

作成するなどしており,常務理事への就任も,

対外的な交渉をする際の肩書をつけるためになされたものに過ぎず,

常務理事就任後の報酬は,理事就任前と同額の賃金を

年間報酬額として12ヶ月均等割にしただけでした。

 

 

そのため,原告が,理事や常務理事に就任したことをもって,

直ちに被告協同組合との使用従属関係が消滅することにはならず,

原告は,被告の他の理事の指揮監督のもとで労務を提供していた

といえるので,理事や常務理事に就任した後にも引き続き,

労働者たる地位を継続的に有していたと判断されました。

 

 

原告に,労働者たる地位が認められるので,

解雇は無効となり,未払賃金と退職金の請求が認められたのです。

 

 

このように,労働者兼役員の労働者性が争われる場合,

次の事情が総合考慮されます。

 

 

①法令・定款上の業務権限の有無

②役員としての業務執行の状況

③代表者である役員からの指揮監督の有無

④拘束性の有無

⑤提供した労務の内容

⑥役員に就任した経緯

⑦報酬の性質や額

⑧社会保険上の取扱

⑨当事者の認識

 

 

そして,役員就任にあたって労働者としての

退職手続きがとられておらず,

仕事内容に大きな変化がないのであれば,

労働者性が否定されることはほとんどありません。

 

 

 

 

肩書だけ役員になって,実質的に役員にふさわしい

待遇を受けていないのであれば,労働者といえる

可能性がでてきますので,労働者兼役員の場合には,

労働者として保護されているのかを

一度検討してみるといいと思います。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

アイドルの労働問題

NGT48のメンバー山口真帆さんに対する

暴行の被疑事実で2人の男が逮捕された事件をめぐり,

被害者である山口さんが謝罪することになったことについて,

運営会社であるAKSの対応に批判が強まっているようです。

 

 

犯罪被害者が謝罪することになったのはおかしなことですが,

所属する芸能事務所の意向には逆らえなかったのだろうと予測できます。

 

 

アイドルは,所属する芸能事務所との間で

専属マネジメント契約という業務委託契約を締結しているのですが,

この専属マネジメント契約の内容がアイドルにとって

非常に不利益に規定されていることが多いです。

 

 

例えば,報酬の額は芸能事務所が

裁量で決めることができるとなっていたり,

芸能事務所が更新を希望した場合には

必然的に契約が更新できるようになっていたり,

芸能事務所が取り決めたアーティスト活動に従事しなければならず,

違反した場合には損害賠償義務を負うなどです。

 

 

アイドルは,10代か20代の若い女性が多いので,

社会人経験がほとんどなく,また,

憧れのアイドルになりたい一心で,芸能事務所との間で,

自分にとって不利益な契約を締結してしまうのだと考えられます。

 

 

 

 

本日は,アイドルの労働問題について,

アイドルと芸能事務所との専属マネジメント契約の

解除が争われた東京地裁平成28年1月18日判決を紹介します

(判例タイムズ1438号231頁)。

 

 

この事件では,アイドルがファンと交際し,性的な関係をもち,

グループを辞めることを芸能事務所に伝えたのですが,

芸能事務所からは,契約は解除されておらず,

専属マネジメント契約にはファンと性的な関係をもった場合には

損害賠償請求できるという条項があることから,

841万円の損害賠償請求をされたのです。

 

 

専属マネジメント契約が労働契約に該当し,

民法628条により,「やむを得ない事由」があれば,

契約を解除できます。

 

 

そして,本件事件では,芸能事務所の具体的な指揮命令下において

アイドルは仕事に従事していたとして,

労働契約類似の契約であったと評価されました。

 

 

そして,この事件のアイドルは,

生活するのに十分な報酬ももらえないまま,

芸能事務所の指示に従ってアイドル活動を続けることを強いられ,

従わなければ損害賠償の制裁を受けることになるので,

この契約に拘束することを強制するべきでないとして,

「やむを得ない事由」があるとして,

専属マネジメント契約の解除が認められました。

 

 

また,ファンと性的な関係をもったことを理由とする

損害賠償請求については,異性と性的な関係を持つことは,

自分の人生を自分らしくより豊かに生きるために

大切な自己決定権であり,

幸福を追求する自由の一内容をなすものであり,

これを損害賠償という制裁で禁止することは

認められないと判断されました。

 

 

 

 

その結果,芸能事務所の損害賠償請求は認められませんでした。

 

 

アイドルの専属マネジメント契約は

形式的には労働契約ではないのですが,

アイドルは,芸能事務所を通じてのみ芸能活動をすることができ,

その活動は芸能事務所の指揮命令下で行うものであり,

時間的に一定の拘束を受けながら,

歌唱や演奏の労働を提供するので,

労働契約と認定される可能性があります。

 

 

労働契約であれば,労働者は,労働基準法で守られ,

労働者の意思で自由に退職できますし,

長時間労働をさせられるのであれば残業代を請求できますし,

最低賃金が保障されます。

 

 

アイドルであっても,労働者として保護される可能性が

十分ありますので,芸能事務所の対応に疑問をもった場合には,

弁護士に相談してもらいたいです。

 

 

本当は,アイドルになる前に,

ワークルールを学ぶ機会があるといいのですが・・・。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

代理店の個人事業主は商業使用人か?~ベルコ事件~

労働事件の法律相談を受けていますと,会社と個人が,

形式的には委任契約,業務委託契約という名称で

契約を締結しているのですが,実質的にみると,

労働契約であるという相談案件があります。

 

 

なぜ,このような労働相談が生じるのかといいますと,

会社と個人の契約関係が労働契約となれば,

会社は,労働基準法に定められている

労働時間などの規制を守らなければならず,

また,簡単に解雇できないのですが,

労働契約ではない場合には,

労働時間などの規制はなくなり,

契約条項に従って,契約を解約できるようになります。

 

 

すなわち,会社と契約した個人が労働者ではないと判断されれば,

会社は,残業代を支払わなくてよくなり,

解雇よりも契約を解約しやすくなり,

会社にとって都合がいいのです。

 

 

しかし,単に契約の形式や名称のみで,

労働関係法令が適用されるか否かが決定されてしまえば,

会社が容易に労働関係法令を潜脱して,

個人が労働者として保護されなくなってしまうので,

労働者か否かは,実質的に判断されるのです。

 

 

 

 

このような労働者か否かを巡る事件で,

今新しい争点が生じています。

 

 

それは,会社と代理店契約を締結した個人が

商業使用人か否かという争点です。

 

 

この争点は,ベルコ事件で問題となりました

(札幌地裁平成30年9月28日判決・労働判例1188号5頁)。

 

 

ベルコという冠婚葬祭業界の最大手の会社は,

個人事業主と代理店契約を締結し,

その個人事業主が従業員と労働契約を締結していました。

 

 

従業員は,個人事業主と労働契約を締結しているので,

形式的にはベルコと労働契約関係にはないのです。

 

 

(2018年11月19日朝日新聞より抜粋)

 

 

ベルコの2017年の決算報告書によれば,

従業員数は7128人であるにもかかわらず,

正社員はわずか32人で,その他の7000人以上は,

業務委託先である代理店に雇用されている臨時社員などです。

 

 

ベルコは,労働契約関係から生じる社会保険の加入,

残業代の支払など会社が負担すべき義務を免れて,

末端の代理店にそれらの負担を負わせていることになります。

 

 

ベルコの代理店である個人事業主と労働契約を締結した従業員が,

ベルコと労働契約関係にあるといえるためには,

ベルコの代理店である個人事業主が

ベルコの商業使用人と認められる必要がありました。

 

 

商業使用人とは,会社内にあって経営者に従属しながら,

経営者の営業活動を補助する者のことをいいます(会社法14条1項)。

 

 

ベルコの代理店である個人事業主が,

ベルコの商業使用人と認められれば,

代理店の個人事業主は,

ベルコの従業員ないしはそれに類した立場となり,

独立した契約締結主体ではなくなり,

ベルコの代理人として従業員と

労働契約を締結したことになります。

 

 

すなわち,代理店の個人事業主は,ベルコの代理人として,

従業員と労働契約を締結したのであるから,代理の効果として,

代理店の個人事業主の従業員は,

ベルコと労働契約関係にあることになります。

 

 

しかし,札幌地裁は,代理店の個人事業主を,

ベルコの商業使用人とは認めませんでした。

 

 

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/242551より抜粋)

 

 

代理店の個人事業主は,ベルコから,

担当すべき業務について指示指導を受けており,

仕事を拒否することが相当程度制約されていたものの,

従業員の報酬を決めていたり,

労働時間や場所について裁量があったとして,

商業使用人ではないと判断されたのです。

 

 

この結論には納得できません。

 

 

雇用の責任を代理店に押し付けて,

会社が労働関係法令の規制を免れる仕組みが認められてしまえば,

労働者ではないように偽装する企業が多くなり,

労働者として保護されない人が増えてしまうからです。

 

 

原告が控訴したので,今後は,札幌高裁で戦いは続きます。

 

 

ぜひ,労働者として保護される判決が

くだされることを願いたいです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

ライドシェアの運転手は労働者か

昨日に引き続き,ライドシェアの労働法

の問題点について記載します。

 

 

ライドシェアの世界最大手のウーバーは,

あくまで,運転手と利用者のマッチングを

仲介しているだけなので,ウーバーに登録している運転手は,

労働者ではないという見解を示しているようです。

 

 

 

 

日本において,ライドシェアの運転手が,

労働者ではないことになれば,最低賃金法が適用されないので,

報酬が際限なく低くなり,どれだけ働いても

生活できなくなる危険があります。

 

 

また,ライドシェアの運転手が,

労働者ではないことになれば,ウーバーが突然,

運賃から取得する手数料を勝手に増額して,

運転手が取得する利益が勝手に減らされても,

運転手は何も文句をいえない可能性があります。

 

 

仮に,ライドシェアの運転手が労働者であれば,

会社が労働条件を一方的に不利益に変更することはできないので,

勝手に手数料を増額されることはなくなり,

運転手が取得する利益を一定水準に確保することができます。

 

 

このように,ライドシェアの運転手が

労働者であるか否かによって,

運転手の待遇や権利が全然違ってくるのです。

 

 

ウーバーは,自社の利益を大きくするために,

運転手は労働者ではないとして,

雇用責任が生じないようにしているのだと思います。

 

 

それでは,労働者といえるためには,

どのような判断基準を満たせばいいのでしょうか。

 

 

 

 

以前ブログで記載しましたが,

労働基準法の「労働者」について,

昭和60年に労働基準法研究会報告

「労働基準法の『労働者』の判断基準について」

という文書に判断基準が記載されています。

 

 

大まかに言えば,

①指揮監督下の労働といえるか,

②報酬が労務対償性を有するか,

③補強要素を総合考慮します。

 

 

ただ,この判断基準が抽象的なこともあり,

裁判の実務では,個々の事案ごとに,

具体的な事実をあてはめて結論を出しますので,結論がわかれます。

 

 

そのため,労働者といえるか判断に迷うこともあります。

 

 

さて,ウーバーの場合,運転手は,

顧客の評価が低かったり,

配車依頼に応じなかった場合,

ウーバーのアルゴリズムに低い評価をつけられて,

配車依頼がこなくなります。

 

 

配車依頼がこなくなれば,

ライドシェアを本業にしている運転手は,

仕事がなくなり,事実上解雇されるのと同じになるので,

顧客の評価をあげるような努力をしたり,

配車依頼に極力応じるようになりますので,

ウーバーからの依頼を断る自由が事実上ないことになります。

 

 

また,配車依頼のあった顧客のもとへ迎えに行く際に,

GPSによって経路が指示されますので,

ウーバーから業務遂行の指示があるといえます。

 

 

そうであれば,ライドシェアの運転手は,

ウーバーの指揮監督下で労働しているといえるので,

労働基準法の労働者にあたる可能性があります。

 

 

今後,雇用によらない働き方が増えていきますが,

労働法によって保護されない人が増えて,

低賃金で長時間働かせられて健康を害する人

が増えるリスクがあります。

 

 

そうならないために,雇用によらない働き方が増えたとしても,

労働者として適切な保護を及ぼす必要があります。

 

 

そのためにも,今の労働者の判断基準は

不明確な点がありますので,労働者の概念を拡張して,

労働者として守られる人を拡大していくべきだと考えます

 

 

なお,今年の夏から,ウーバーは,

淡路島において,タクシー事業者と連携して,

配車事業の実証実験を始めるようですので,

日本におけるライドシェアの行末について注目していきます。

ライドシェアについて考える

昨日の北越労働弁護団総会において,

東京の弁護士中村優介先生から,

ライドシェアについて講義を受けましたので,

アウトプットします。

 

 

ライドシェアとは,いわゆる相乗りのことで,

時間が空いていて自家用車を提供できる運転手が,

アプリから配車依頼があれば,利用者のもとへ迎えに行き,

利用者を目的地まで送るという仕組みです。

 

 

 

 

ライドシェアで,世界一はアメリカの

ウーバー・テクノロジーズです。

 

 

アメリカで実際にウーバーの配車サービスを利用した

中村先生の話によると,まずは,

ウーバーのアプリをダウンロードして配車依頼をすると,

近くにいた運転手が2~3分で迎えに来たようです。

東京で地下鉄を待つより早いかもしれませんね。

 

 

中村先生は,40キロ移動したので,

東京でタクシーに乗車したら,

約15,000円から20,000円の運賃がかかるところ,

ウーバーの場合は,約4,000円の運賃しかかからなかったようです。

日本のタクシーと比べると,おそろしく安いです。

 

 

車に乗るときに料金が決まっているので,

到着に時間がかかっても値段は変わらず,

さらにクレジット決済なので,手持ちの現金が減りません。

 

 

利用者からすると,とても安くて便利なのです。

 

 

一方,ウーバーの運転手の報酬は,

ウーバーが運賃から手数料2~3割をひくので,

1回の走行で得られる利益は低く,

数をこなさなければ生活できる水準の利益を確保することは困難です。

 

 

さらに,この手数料が突然,

ウーバーから一方的に変更されるときがあり,

運転手の利益が急に減少することもあるようです。

 

 

このようなライドシェアのようなものを

シェアリング・エコノミーといいます。

 

 

シェアリング・エコノミーとは,

「場所や時間などの遊休資産をインターネットの

プラットフォームを介して個人間で貸し借りしたり,

交換したりすること」をいいます。

 

 

ウーバーにあてはめると,

時間と自家用車があいている運転手と,

今手元に自動車はないけど目的地へ移動したい観光客などが,

ウーバーが提供しているアプリでマッチングされて,

運転手が観光客などを目的地へ送ることで,

運転手には報酬が支払われ,観光客は安く移動できて,

両者にとってウィンウィンの関係になるということです。

 

 

利用者からすると,安くて便利なすごいサービスなのですが,

いろいろな問題が生じているようです。

 

 

まず,ウーバーが流行すると,利用者は,

ウーバーの方が安くて便利なので,

既存のタクシーを利用しなくなり,

ウーバーばかり利用するので,

タクシー会社が倒産します。

 

 

実際に,アメリカでは,タクシー会社の倒産が増えているようです。

 

 

 

 

すると,タクシー会社で働いていた運転手は,

ウーバーに登録することになりますが,

運賃が安いうえに,ウーバーに手数料をとられるので,

収入が激減します。

 

 

収入をあげるためには,1日に何回も

送迎しなければなりませんので,

低賃金による長時間労働が蔓延してしまい,

運転手の過労死・過労自殺のリスクが高まります。

 

 

副業でライドシェアをするなら

小遣い稼ぎにいいかもしれませんが,

タクシー会社が倒産して,やむなく本業で

ライドシェアをしなければならない運転手にとっては,

生活していくのが相当に困難になることが予想されます。

 

 

このように,ライドシェアには,

運転手の保護をどうしていくのかという

労働法上の問題点があります。

 

 

長くなりましたので,ライドシェアの問題点の

続きについては,明日以降に記載します。