60歳定年退職を争い未払残業代を請求して150万円の残業代を回収して職場復帰を果たした事例

1 60歳で定年退職は認められるのか?

 

 

本日は、定年退職と未払残業代請求について、

珍しい解決ができましたので、解決事例を紹介します。

 

 

クライアントは、石川県内のホテルの支配人をしていました。

 

 

 

相手方会社の就業規則には、60歳が定年と規定されていたのですが、

相手方会社の求人票には65歳が定年と記載されており、

クライアントは、相手方会社の定年は65歳だと考えて、

求人に応募して、相手方会社に入社しました。

 

 

クライアントは、満60歳になっても、

相手方会社から定年退職のことは言われず、

そのまま働いていたのですが、ある時、突如として、

相手方会社から、60歳定年を理由に、退職をさせられました。

 

 

相手方会社は、新型コロナウイルスの影響で、

ホテルの売上がなく、人件費を削減したかったことから、

ホテルをリニューアルするための改装工事にとりかかるタイミングで、

クライアントを60歳定年を理由に退職させようとしたのです。

 

 

クライアントは、65歳定年と記載された求人票を見て

相手方会社に就職し、他の労働者も60歳で定年になった方はおらず、

満60歳になっても、相手方会社から定年退職のことを

言われなかったため、65歳まで働ける前提で、

人生設計をしていたので、60歳定年退職に納得できず、

私のもとへ相談にこられました。

 

 

2 高年法の継続雇用と求人票の効力

 

 

60歳定年制については、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律

(高年法といいます)9条1項により、

65歳までの安定した雇用を確保するために、会社は、

①当該定年の引上げ、②継続雇用制度の導入、③当該定年の定めの廃止、

のいずれかの措置を講じなければなりません。

 

 

 

相手方会社は、高年法9条に違反していることになります。

 

 

また、求人票と就業規則の労働条件が異なる場合については、

福祉事業者A苑事件の京都地裁平成29年3月30日判決

(労働判例1164号44頁)の裁判例が参考になります。

 

 

この裁判例では、求人票記載の労働条件は、

当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの

特段の事情がない限り、労働契約の内容になると、判断されています。

 

 

そのため、相手方会社の60歳定年退職は無効となりますので、

クライアントは、相手方会社に対して、

労働契約上の地位の確認を求めました。

 

 

そして、クライアントに確認したところ、

残業代の支払がなかったので、相手方会社に対して、

未払残業代請求をしました。

 

 

3 復職に向けた交渉

 

 

相手方会社は、60歳定年退職としたことについては非を認めて、

復職するように主張してきました。

 

 

通常、会社をむりやり退職させるようなことをされると、

労働者としては、元の会社に復職することに、

強い抵抗があり、実際には復職せずに、

会社に対して金銭請求をすることがほとんどです。

 

 

もっとも、クライアントの場合、

新型コロナウイルスの影響で求人がなく、60歳以上で、

相手方会社よりも条件のよい就職先をみつけるのが困難なため、

相手方が謝罪をし、一定程度の未払残業代を支払うことを条件に

復職することにしました。

 

 

未払残業代請求について、相手方会社は、

クライアントが管理監督者であることを理由に

未払残業代を支払わないと主張してきました。

 

 

しかし、クライアントは、相手方会社の経営に全く関与しておらず、

労働時間はタイムカードで管理されていて、

労働時間についての裁量はなく、クライアントの年収は、

同年代の平均賃金よりも大幅に安いことから、

管理監督者ではありませんでした。

 

 

そこで、相手方会社の弁護士と交渉して、

相手方会社から150万円の未払残業代を支払ってもらい、

60歳定年退職としたことについて謝罪してもらい、

従前と同じ労働条件で復職するという内容で示談が成立しました。

 

 

相手方会社と一時は対立しましたが、なんとか無事に復職できて、

クライアントは、特に問題なく、今までどおりに働いています。

 

 

双方に弁護士がついていますので、相手方会社も、

クライアントに対して、不当な仕打ちを

することができないのだと思います。

 

 

元の会社に復職するかたちで事件が解決することは珍しいので、

紹介させていただきました。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

上原浩治投手の引退から70歳までの雇用を考える

5月20日,日米で通算134勝をあげた

巨人の上原浩治投手が,シーズン途中での引退を表明しました。

 

 

 

報道によりますと,上原投手は,

高校までは控えの投手だったものの,雑草魂を胸に成長し,

やがては大リーグのレッドソックスの抑え投手として

ワールドシリーズ優勝に貢献したようです。

 

 

プロの世界で44歳まで活躍されたことは,

本当に素晴らしいことだと思います。

 

 

さて,プロの選手が引退するニュースが流れる一方,

労働者の定年を延長するニュースが流れています。

 

 

5月15日,政府は,未来投資会議において,

希望する人が70歳まで働き続けられるように,企業に対して,

高齢者の雇用機会をつくるよう努力義務を課す方針を明らかにしました。

 

https://mainichi.jp/articles/20190516/ddm/001/020/155000c

 

 

人生100年時代に突入したので,

労働者が65歳で引退するのはまだ速く,

働けるのであれば,70歳まで働きましょうということです。

 

 

本日は,70歳までの雇用確保について説明します。

 

 

まず,現行の高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年法)8条で,

60歳を下回る定年を定めることが禁止されています。

 

 

高年法9条では,企業に対して,65歳までの雇用確保措置として,

①定年の引上げ,②継続雇用制度の導入,③定年制の廃止

のいずれかを講ずることを義務付けています。

 

 

今回,政府は,65歳までの①~③の雇用確保措置を講ずることの

義務を維持したまま,65歳を過ぎて70歳まで働きたい人のために,

①~③に加えて,次の新たな④~⑦の4つの案を示しました。

 

 

 

④他の企業(子会社・関連会社以外の企業)への再就職の実現

 ⑤個人とのフリーランス契約への資金提供

 ⑥個人の起業支援

 ⑦個人の社会貢献活動参加への資金提供

 

 

65歳から70歳まで働くにあたり,労働者は,

①~⑦の選択肢の中からどれを選ぶかを会社と協議して決めます。

 

 

2020年の通常国会で高年法を改正して,

65歳から70歳の雇用確保措置を講ずることを

企業の努力義務とする方向のようです。

 

 

人生100年時代に突入しているので,

まだまだ自分の能力を発揮して自己成長していきたいと

願う労働者にとっては朗報といえるでしょう。

 

 

また,企業にとっても,高齢の人材を活用することで

人手不足を解消できる可能性がありますし,

都会の大企業で働いていた高齢の労働者が,

地方の中小企業で再び活躍できれば,

地方に人材を呼び寄せることができるかもしれません。

 

 

他方,低賃金で70歳まで働かされる懸念があります。

 

 

日本の企業は,年功序列の賃金体系がまだ多く,

高い賃金のまま長く雇用すれば,

人件費が増加してしまいます。

 

 

また,高齢の労働者が企業に残っていれば,若者の昇進が遅れ,

若者のモチベーションが低下するおそれもあります。

 

 

そのため,現段階で,多くの企業は,①~③のうちの

②契約社員などで再雇用する継続雇用制度で対応しています。

 

 

契約社員として,再雇用で働くと,低賃金となり,

低賃金で70歳まで働かないといけなくなる可能性があります。

 

 

低賃金であっても,仕事の量や質が下がっていれば,

労働者としてはあまり文句はないでしょうが,

仕事の量や質が同じままで,賃金だけが下がるのでは,

労働者としては,納得できないでしょう。

 

 

そのため,②継続雇用制度においては,賃金を下げるのであれば,

同時に仕事の負担も軽減することが重要になると思います。

 

 

 

また,新しく加わった④~⑦ですが,

企業がどれだけの金銭的負担を負ってくれるかによって,

労働者がとるべき対応が変わってくると思います。

 

 

企業が高齢者の起業支援に多額のお金を出してくれるのであれば,

労働者が④~⑦の選択肢を選ぶかもしれませんが,現実的に,

企業がそれほど多額のお金を会社を引退する労働者に

出してくれるとは思えないので,

②継続雇用制度を70歳まで延期することが

多くなることが予想されます。

 

 

もっとも,労働者には,選択肢が増えましたので,

これを前向きにとらえて,定年後にどのように働くかを意識して,

現役時代からスキルを高め,人脈を構築しておくべきだと考えます。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

日本郵便の65歳定年訴訟

昨日は,安室奈美恵さんの40歳の引退のニュースから,

定年が65歳から70歳に延長されることについて検討しました。

 

 

本日は,昨日と同じように定年関係の労働問題について説明します。

 

 

日本郵便が,非正規雇用労働者に65歳の定年制度

をもうけていることをめぐり,65歳で雇止めされた

非正規雇用労働者らが,雇止めは無効であるとして,

雇用継続を求めた裁判で,9月18日に最高裁判決がくだされました。

 

 

郵政民営化の前の日本郵政公社時代は,

非正規雇用労働者について,定年を定めた規定はありませんでした。

 

 

 

 

郵政民営化で日本郵便株式会社が設立されたときに,

非正規雇用労働者の定年の規定が,次のように定められました。

 

 

「会社の都合による特別な場合のほかは,

満65歳に達した日以後における最初の雇用契約期間の満了の日

が到来したときは,それ以後,雇用契約を更新しない。

 

 

原告の非正規雇用労働者らは,この65歳定年制により,

満65歳のときに,労働契約を更新してもらえず,

雇い止めされてしまったのです。

 

 

そこで,原告の非正規雇用労働者らは,

定年制が必要なことに正当性がないこと,

非正規雇用労働者の不利益が大きいことを理由に,

65歳以上であっても,働き続けられることを主張して,

裁判を起こしました。

 

 

最高裁は,65歳定年制が合理的な労働条件か否かを検討しました。

 

 

労働契約法7条によれば,合理的な労働条件が定められた

就業規則が労働者に周知されていれば,

就業規則で定められた労働条件が労働契約の内容になります。

 

 

65歳定年制は,高齢の労働者が屋外の仕事をする場合,

事故が懸念される一方,加齢による労働力の低下を

個別の労働者ごとに検討することは困難であることから,

一定の年齢に達したときには労働契約を更新しない

とすることには合理性があると判断されました。

 

 

 

 

さらに,昨日解説したように,65歳までの雇用確保を

義務付けている高年法にも違反しません。

 

 

正社員は,60歳で定年となり,

65歳までは再雇用が認められますが,

65歳以上の再雇用は認められていませんので,

正社員との均衡もとられていました。

 

 

そのため,65歳定年制は,合理的な労働条件であり,

労働契約の内容になっているので,

65歳で雇止めしても問題がないと判断されたのです。

 

 

現時点では,65歳定年制が一般的ですので,

会社が拒否しているのにもかかわらず,

65歳を超えて働き続けるのは困難なことが多いです。

 

 

もっとも,昨日説明したように,高年法が改正されて,

定年が70歳に延長されれば,

65歳を超えても問題なく働き続けることができます。

 

 

人手不足が深刻な問題となっているので,会社は,

やる気があって働く能力がある高齢の労働者を

積極的に活用すべきだと思います。

 

 

本日もお読みいただき,ありがとうございます。

安室奈美恵さんの引退から定年を考える

9月16日に平成の歌姫安室奈美恵さんが引退しました。

 

 

ちょうど9月15日に,私は渋谷を観光していました。

 

 

渋谷の町には,安室奈美恵さんの看板やポスターがあふれていました。

 

 

 

 

90年代に,アムラーの聖地であった渋谷には

多くのファンが訪れており,改めて多くの人達から

愛されている歌手なのだと実感しました。

 

 

私が中学生や高校生のころ,カラオケにいくと,必ず誰かが

「Do’t wanna cry」を歌っていたのが懐かしく感じました。

 

 

さて,安室奈美恵さんが40歳で引退する一方で,

働く人の引退である定年が70歳に延長される動きがでてきています。

 

 

共同通信社によれば,政府は,希望する高齢者が

70歳まで働けるように,現行65歳までの雇用継続義務付け年齢

を見直す方向で検討に入ったようです。

 

 

ここで,高齢者の雇用に関する法律について説明します。

 

 

高年齢者等の雇用の安定等に関する法律

(高年法といいます)があります。

 

 

現行の高年法では,8条において,

60歳を下回る定年が禁止されています。

 

 

 

 

また,現行の高年法では,9条において,会社に対して,

65歳までの安定した雇用を確保するために,

次の雇用確保措置のいずれかを講じることを義務付けています。

 

 

①定年年齢の引き上げ

 ②継続雇用制度の導入

 ③定年制廃止

 

 

多くの会社では,このうち,

②継続雇用制度の導入を取り入れており,

①定年年齢の引き上げや③定年制廃止を

選ぶ会社は少ないのが現状です。

 

 

継続雇用制度とは,高年齢者が希望するときは,

定年後も引き続き雇用してもらえる制度のことです。

 

 

現行の高年法では,会社は,継続雇用の対象者を限定しない

継続雇用制度を導入しなければならないので,原則として,

希望者全員が定年後も継続雇用されることになっています。

 

 

この継続雇用制度では,雇用期間を1年とする有期労働契約として,

65歳まで更新するという方法がとられていることがあります。

 

 

そのため,65歳よりも前に,契約を更新されずに

雇止めされることがありえますが,

高年法で65歳までの雇用が義務付けられているので,

雇止めが無効となることが多いです。

 

 

9月17日の敬老の日に総務省統計局が高齢者の人口を公表しました。

 

 

65歳以上の高齢者の人口が28.8%で,

4人に1人の割合であり,

70歳以上の高齢者の人口が20.7%で,

5人に1人の割合です。

 

 

 

 

改めて,少子高齢化が進んでいることがわかります。

 

 

15歳から64歳までの働き手が減少している一方,

65歳以上の人口が増加していることから,

65歳~70歳の方々に働いてもらうことで,

人手不足の解消と年金の受給年齢を延長することで

年金の国家負担を軽減することが背景にあるのだと思います。

 

 

もっとも,70歳まで働きたくないと考えている人がいたり,

人件費が増加することを懸念する会社があったりするので,

今後どうなるか分かりません。

 

 

今は,100年生きる時代ですので,

健康を維持しつつ,長く働いて収入を確保した方が,

人生の戦略においてプラスなのだと考えます。

 

 

安室奈美恵さんのように40歳で引退できる方はなかなかいないので,

健康を維持しながら70歳まで働く計画をたてておくべきだと思います。

 

 

本日もお読みいただき,ありがとうございます。

定年後再雇用の労働条件で賃金が約75%減少されることは違法か

惣菜を製造する会社に勤務していた労働者が,定年後に再雇用の希望をしたところ,会社から,定年前の賃金から約75%減額する労働条件を提示されたことから,労働者は,会社から提示された労働条件での再雇用には応じませんでした。

 

労働者は,定年後も会社との間の雇用契約関係が存在し,その賃金については定年前の賃金の8割相当であると主張し,予備的に,会社が再雇用に際して賃金が著しく低い不合理な労働条件しか提示しなかったことは,労働者の再雇用の機会を侵害する不法行為に該当するとして,損害賠償を請求しました。

 

一審の福岡地裁小倉支部平成28年10月27日判決は,原告労働者の2つの請求を棄却しました。しかし,福岡高裁平成29年9月7日判決(九州惣菜事件・労働判例1167号49頁)は,雇用契約の地位確認は認めませんでしたが,不法行為の成立を認めて,被告会社に対して,慰謝料100万円の支払いを命じました。

 

福岡高裁が不法行為を認めた根拠に,高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年法)9条1項2号があげられます。高年法9条1項2号は,会社に対して,65歳未満の定年の定めがある場合には,65歳までの継続雇用制度を導入することを義務付けています。

 

この継続雇用制度における労働条件の決定は,原則として会社の合理的裁量に委ねられています。もっとも,継続雇用制度における会社が提示する労働条件が高年齢労働者の希望・期待に著しく反し,到底受け入れられないものである場合,労働者の65歳までの安定的雇用を享受できる利益を侵害するものとして不法行為になりえると判断されました。

 

さらに,継続雇用制度においては,定年前後の労働条件の継続性・連続性が一定程度確保されることが必要であり,そうでない場合には,会社が,定年前後の労働条件の継続性・連続性が一定程度確保されないことを正当化する合理的な理由が存在することが必要があると判断されました。

 

本件では,被告会社が定年後再雇用の労働条件として提示した賃金が,定年前の賃金から75%も大幅に減少されるという,労働者が到底受け入れられないものであり,75%の賃金減少を正当化する合理的な理由がないことから,不法行為が成立することになりました。

 

地位確認の請求は認められませんでしたが,定年後再雇用の労働条件が不合理である場合に,損害賠償請求ができる道があることを明示した点で重要な判例です。定年後再雇用の労働条件として不合理な提案をされた場合には,労働問題に詳しい弁護士に相談しましょう。