退職後に労働者が秘密保持義務を負担するのはどのような場合か

1 在職中の秘密保持義務

 

 

労働者は、会社に在職している期間、

労働契約に付随する義務として、

会社の営業上の秘密を守る義務を負っています。

 

 

これを在職中の秘密保持義務または守秘義務といいます。

 

 

このことを明確にするために、入社時に、

労働者が秘密を守ることの誓約書を会社に提出したり、

就業規則に秘密保持義務が明記され、違反した場合には、

懲戒処分をすることが記載されていることが多いです。

 

 

 

労働者がこの秘密保持義務に違反して、

会社に損害が発生した場合には、

損害賠償責任を負うことになります。

 

 

2 退職後の秘密保持義務

 

 

それでは、退職後にも労働者は、

以前の勤務先の会社に対して、

秘密保持義務を負うのでしょうか。

 

 

まず、就業規則に退職後の秘密保持義務についての規定がなく、

退職時に、退職後の秘密保持義務についての誓約書がない場合には、

労働契約が終了することによって、

労働契約の付随義務である秘密保持義務も同時に終了すると考えられます。

 

 

そのため、退職後の秘密保持義務についての

明示の取決めがない場合には、原則として、

退職後に労働者は秘密保持義務を負わないことになります。

 

 

次に、退職後の秘密保持義務を定めた誓約書がある場合に、

無制限に労働者が秘密保持義務を負担しなければならないのか

といいますと、一定の制限があります。

 

 

退職した労働者が、会社の営業秘密を勝手に利用して、

会社の顧客を奪ったりすると、会社にとって不利益となりますので、

会社としては、労働者が退職した後にも

秘密保持義務を負担させたいことには合理的な理由があります。

 

 

 

他方、労働者としては、退職後にも前の勤務先の

秘密保持義務を負担するのでは、

職業選択の自由や営業の自由が制約される

という不利益が生じます。

 

 

このように、会社と労働者の利益を調整する必要があるわけです。

 

 

この点、ダイオーズサービシーズ事件の

東京地裁平成14年8月30日判決(労働判例838号32頁)は、

労働者の退職後の秘密保持義務について、

その秘密の性質・範囲、価値、労働者の退職前の地位から、

合理性が認められるかという判断基準を提示しました。

 

 

この事件では、営業秘密について、

「顧客の名簿及び取引内容に関わる事項」、

「製品の製造過程、価格等に関わる事項」という例示がされていて、

営業秘密の範囲が限定されていました。

 

 

また、上記例示の営業秘密は、経営の根幹にかかわる重要な情報で、

これが自由に利用されると、競業他社の利益になり、

この事件の会社の不利益になると判断されました。

 

 

そして、この事件の労働者は、最前線の営業マンとして、

営業秘密の内容を熟知し、

その利用方法・重要性を十分に認識していたので、

秘密保持義務を負担してもやむを得ない地位にありました。

 

 

その結果、この事件では、退職後の秘密保持義務が有効となり、

この秘密保持義務に違反した労働者に対して、

会社の損害賠償請求が認められました。

 

 

他方、ダンス・ミュージック・レコード事件の

東京地裁平成20年11月26日判決

(判例タイムズ1293号285頁)では、

秘密保持義務の対象となる情報の定義や例示がなく、

労働者が営業秘密として保護されていることを

認識できる状況にしていないことから、

労働者の予測可能性を害するとして、

当該営業秘密について、労働者は、

退職後に秘密保持義務を負担しないと判断されました。

 

 

退職後の秘密保持義務については、

秘密の性質・範囲、価値、保管状況、労働者の地位

などが考慮されますので、労働者は、退職後に、

前職の営業秘密を利用するときには注意が必要です。

 

 

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副業を始める際に気をつけるべき在職中の競業避止義務

1 本業と競業する副業には注意が必要

 

 

新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけとして,

副業の活用を検討している企業が増えているようです。

 

 

在宅勤務の普及で,外部人材の登用を進めやすくなったようです。

 

 

休業中の収入確保のためや,在宅勤務のスキマ時間の活用などで,

労働者の副業ニーズが高まっていることと合致していそうです。

 

 

 

2 在職中の競業避止義務

 

 

もっとも,この副業ですが,本業と競業するようなことをすると,

本業の会社から懲戒処分や損害賠償請求されるリスクがありますので

気をつける必要があります。

 

 

本業で培ったスキルや人脈を活かすことを考えると,

本業と競業する副業をしてしまいがちですが,

労働者は,会社に在職している期間中,

労働契約における信義誠実の原則に基づく付随義務として,

会社の利益に著しく反する競業行為を差し控える義務があるからなのです。

 

 

これを労働者の在職中の競業避止義務といいます。

 

 

労働者は,会社から賃金を支払ってもらう代わりに,

会社の指揮命令に従って労務を提供します。

 

 

労働者は,会社の指揮命令下で働くので,当然,

会社の利益になる行動をすることが要求され,

会社の不利益になる行動は慎むべきです。

 

 

労働者は,在職中に競業避止義務を負っているので,

本業の会社に在職している期間中に,

本業の会社と競業する会社を設立して,自分で設立した会社に,

本業の会社の取引先を紹介して,取引を成立させて,

利益を得させたのであれば,本業の会社は,

得られるべきであった利益を失うことになるのです。

 

 

こうなると,在職中の競業避止義務違反となります。

 

 

そのため,本業の会社の利益を著しく損ねる悪質な行為をすると,

競業避止義務違反として,本業の会社から,

懲戒処分をされたり,損害賠償請求されたりするのです。

 

 

例えば,エープライ事件の東京地裁平成15年4月25日判決

(労働判例853号22頁)は,労働者の次の行為が,

労働契約の忠実義務(競業避止義務)に違反するとして,

損害賠償請求が認められました。

 

 

自己または競業会社の利益を図る目的で,

①職務上知り得た使用者が顧客に提示した

販売価格を競業会社に伝えたこと,

②競業会社を顧客に紹介したこと,

③競業会社が使用者の協力会社であるかのように装って

競業会社に発注させたこと,

④上司に競業会社がより安い価格で

顧客と契約する可能性があることを報告しなかったこと,

といった行為です。

 

 

 

これらの労働者の行為が,使用者の営業上の利益を侵害する

違法な行為であるとして,315万円の損害賠償請求が認められました。

 

 

他方,労働者に競業避止義務違反が認められても,

本業の会社には,受注機会の喪失などの具体的な損害がなかったとして,

本業の会社からの労働者に対する損害賠償請求が

認められなかった事例もあります。

 

 

とはいえ,会社に在職している期間中に副業で,

本業と競業することをすると,懲戒処分や損害賠償請求など,

思わぬ落とし穴に陥るリスクがありますので,副業をする場合には,

本業と競業しない事業をすることをおすすめします。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

前職と同じ仕事内容の会社に就職する際に気をつけるべきポイントとは?

以前の会社を辞めて,求職活動中の労働者が,

前職と同じ仕事内容の会社に就職することを考えています。

 

 

 

 

しかし,前の会社で,同業界もしくは同一製品・技術を用いた仕事に

退職後1年以上つかないことを書面で約束をしてしまっていました。

 

 

このような約束をした労働者は,

前職と同じ仕事内容の会社に

就職することができないのでしょうか。

 

 

労働者としては,前職の知識や技術を活かして,

次の職場で活躍したいと考えるはずですので,

転職活動をするときに,このような約束に

拘束されなければならないのか,とても気になりますよね。

 

 

労働者が会社と競合する別会社に就職したり,

自ら競合する事業を経営しない義務のことを競業避止義務といいます。

 

 

本日は,この競業避止義務について解説します。

 

 

憲法22条で職業選択の自由が保障されていますので,

退職後の労働者は,原則として,競業避止義務を負いません

 

 

労働者が競業避止義務を負うのは,

特約等の契約上の明示的な根拠があるときに限られます

 

 

退職時に,競業行為を行わないことの誓約書や合意書にサインすると,

労働者は競業避止義務を負うことになるので,

安易にサインしないようにすべきです。

 

 

 

 

仮に,誓約書などにサインしたとしても,

真に労働者が自由意思に基づいてサインしたのかが慎重に判断されます

 

 

上司からパワハラをさせて無理やりサインさせられたのであれば,

労働者が自由意思でサインしたことにはならないので,

労働者は,競業避止義務を負わないことになります。

 

 

また,競業避止義務を定めた誓約書などが,

必要かつ合理的でない場合には,無効になることがあります。

 

 

具体的には,①競業行為を禁止する目的・必要性,

②退職前の労働者の地位・業務,

③競業が禁止される業務の範囲,期間,地域,

④代償措置の有無が総合考慮されます。

 

 

まず,①会社に保護に値する正当な利益が存在し,

その利益の保護が競業避止規定の目的になっていることが必要です。

 

 

一般的な営業手法や人脈程度のノウハウでは

正当な目的とはいえないと考えられます。

 

 

次に,②競業避止義務が課せられる労働者は,

競業によって会社の正当な利益を害する可能性がある

地位,業務についていた人に限られます。

 

 

 

 

営業秘密に接する地位についていたかなどが検討されます。

 

 

③競業が禁止される業務の範囲ですが,

会社の保有している特有の技術や営業上の情報を

用いることによって実施される業務に限定され,

労働者が仕事中に得た,ごく一般的な仕事に関する

知識・経験・技能を用いることによって実施される業務は,

競業避止義務の対象になりません。

 

 

競業が禁止される期間ですが,期間が短いほど,

競業禁止規定が有効になりやすいです。

 

 

最近では,1年以内の期間については肯定的に捉え,

2年の期間について否定的に捉えている裁判例があります。

 

 

競業が禁止される地域については,

一定の地域内における同業他社への競業に限定されることになり,

業界全体への転職を禁止することは無効となります。

 

 

最後に,④競業避止義務は,労働者の職業選択の自由を制限

することになるので,その自由を制限するためには,

相応の対価が必要になると考えられます。

 

 

例えば,競業避止義務を課す代わりに,

退職金を上積みするなどの代償措置があるかなどです。

 

 

このように,競業避止義務を認める誓約書にサインしてしまっても,

これらの4つの要件を検討すると,

競業避止義務が無効になる可能性がありますので,

就職活動をしていて,競業避止義務違反にならないか不安であれば,

一度弁護士へ相談してみてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。