過労死の労災認定において本業と副業の労働時間と賃金が合算されるようになります

1 副業をする労働者が増えています

 

 

働き方改革関連法が成立し,

残業時間の上限規制が導入されることになり,

企業が残業時間を削減する流れになってきています。

 

 

残業がなくなることで,残業手当が削減されて,

収入が減少する労働者がでてくることが予想されます。

 

 

この残業手当の削減により,

収入が減少する労働者が収入を維持するために,

残業時間がなくなった分を副業で稼ぐことが考えられます。

 

 

 

また,これからは,同じ会社でずっと働くのではなく,

いつかは自分で独立することも増えていくことが予想され,

独立をみすえて,副業でスキルアップを図ることも考えられます。

 

 

そして,政府としても,イノベーションのために,

副業を推進しています。

 

 

とはいえ,本業で働き,副業でも働くことになると,

単純に労働時間が増えて,過労に陥りやすくなる懸念があります。

 

 

そこで,副業をする労働者が増加していく現状をふまえて,

副業をする労働者が安心して働くことができるように,

副業をする労働者の労災保険給付の見直しが検討されています。

 

https://www.asahi.com/articles/ASMDB43F0MDBULFA00L.html

 

 

本日は,副業における労災保険給付の見直しについて説明します。

 

 

2 過労死の労災認定基準

 

 

まず,働き過ぎで疲労が蓄積して,脳や心臓の病気にかかり,

死亡する過労死において,現在の労災認定基準では,

発症前1ヶ月におおむね100時間,または,

発症前2ヶ月から6ヶ月にわたって1ヶ月当たりおおむね80時間

を超える時間外労働が認められれば,原則として労災と認定されます。

 

 

この1ヶ月80時間から100時間の時間外労働が,

いわゆる過労死ラインと呼ばれているものです。

 

 

例えば,本業の仕事で1週間40時間働き,

副業の仕事で1週間25時間働いたケースで考えてみます。

 

 

時間外労働は,1週間で40時間を超えて働いた労働なので,

本業では時間外労働がなく,副業でも時間外労働がないことになります。

 

 

1ヶ月を4週で計算すると,

本業では40時間×4週=160時間となり,

時間外労働はゼロとなり,

副業では25時間×4週=100時間となり,

時間外労働はゼロとなります。

 

 

そのため,本業の労働時間と副業の労働時間を別々に算定すれば,

時間外労働は1ヶ月0時間となり,労災認定されないのです。

 

 

3 副業における労災保険給付の見直し

 

 

もっとも,本業と副業は別の仕事であっても,

労働者が長時間労働をしていることには変わりなく,

本業と副業の労働時間を通算すれば,

1ヶ月の労働時間は260時間となり,

1ヶ月160時間を超える,100時間が時間外労働となり,

労災認定されることになります。

 

 

 

そして,労働政策審議会において,

複数就業先での業務上の負荷を総合・合算して評価することにより

疾病等との間に因果関係が認められる場合,

新たに労災保険給付を行うことが適当」という見解が示されました。

 

 

ようするに,本業と副業の労働時間を通算した結果,

1ヶ月80時間から100時間の時間外労働があったと評価できれば,

労災認定されるわけです。

 

 

さらに,労災認定された場合,過労死の場合,

ご遺族に遺族補償給付が支給されます。

 

 

この遺族補償給付は,過労死した労働者の

直前3ヶ月分の賃金の平均である給付基礎日額をもとに計算します。

 

 

この給付基礎日額を算出するための賃金について,

本業の賃金と副業の賃金を総合して算定する方向になります。

 

 

その結果,ご遺族が受け取る遺族補償給付の

金額が増額することになります。

 

 

このように,本業と副業の労働時間が通算されて,

賃金が合算されることは,副業をする労働者にとって,

大きなメリットになります。

 

 

副業をする労働者が安心して働くことができるように

法整備がされることを期待したいです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

第2次下請会社に雇用されている労働者は元請会社や第1次下請会社に対して安全配慮義務違反の損害賠償請求をできるのか

1 被災労働者は直接の雇用主以外に損害賠償請求できるのか

 

 

先日,造園業の労働者が高い樹木の上から転落した

労災事故の事案を紹介しました。

 

 

https://www.kanazawagoudoulaw.com/tokuda_blog/rousai/201911188752.html

 

 

この事案では,被災労働者の直接の雇用主に対する

安全配慮義務違反が争点となりましたが,

もう一つ,重要な争点がありました。

 

 

 

それは,被災労働者は,直接の雇用主ではない,

元請会社や第1次下請会社に対して,

損害賠償請求ができるのかという争点です。

 

 

この事案では,被災労働者は,第2次下請会社と

労働契約を締結していたので,第2次下請会社が,

被災労働者に対して,安全配慮義務を負うのは当然ですが,

元請会社や第1次下請会社も,第2次下請会社の労働者に対して,

安全配慮義務を負うのかが争点となったのです。

 

 

では,どうして,直接の雇用主ではない元請会社や

第1次下請会社に対して,損害賠償請求をする必要があるのでしょうか。

 

 

それは,第2次下請会社が中小零細企業の場合,資力が乏しく,

被災労働者が損害賠償請求をしても,

損害賠償金を支払うことができなかったり,

最悪,破産するおそれがあり,

損害賠償金を回収できないリスクがあるからです。

 

 

元請会社や第1次下請会社が,資金の余力がある会社であれば,

被災労働者は,元請会社や第1次下請会社に対して,

損害賠償請求できれば,損害賠償金を回収できなくなる

リスクを回避することができるわけです。

 

 

 

そのため,直接の雇用主の資力に不安があるときには,

元請会社や第1次下請会社に対して,

損害賠償請求ができないかを検討することになります。

 

 

2 特別な社会的接触の関係が認められるか

 

 

次に,元請会社や第1次下請会社が,

第2次下請会社の労働者に対して,

安全配慮義務を負うのは,

どのような場合なのかについて,検討します。

 

 

最高裁の裁判例によれば,安全配慮義務は,

ある法律関係に基づいて,特別な社会的接触の関係に入った

当事者間において,信義則上認められるものとされています。

 

 

この特別な社会的接触の関係があったか否かについては,

下請会社の労働者が元請会社の管理する設備,工具などを使っていたか,

下請会社の労働者が事実上元請会社の指揮監督を受けて働いていたか,

下請会社の労働者の作業内容と元請会社の労働者の作業内容との類似性

といった事情に着目して判断することになります。

 

 

3 元請会社と第1次下請会社の安全配慮義務違反を認めた裁判例

 

 

そして,日本総合住生活ほか事件の

東京高裁平成30年4月26日判決(労働判例1206号46頁)は,

次のように判断して,元請会社と第1次下請会社の

安全配慮義務違反を認めました。

 

 

第1次下請会社については,元請会社の指示に基づいて,

第2次下請会社に対して,具体的でかつ厳守を求める指示を行い,

この指示は,第2次下請会社をつうじて,

第2次下請会社の労働者に対しても及んでいたので,

特別な社会的接触の関係を肯定する指揮監督関係があったとされました。

 

 

元請会社については,第1次下請会社に対して,

安全帯の使用について具体的な指示をし,第1次下請会社は,

この指示に基づいて,第2次下請会社に対して,

同様の具体的指示を行い,

その指示が第2次下請会社からその労働者に及んでいたので,

特別な社会的接触の関係を肯定する指揮監督関係があったとされました。

 

 

 

元請会社や第1次下請会社の間接的な指示がされていたことを理由に,

わりと緩やかに,特別な社会的接触の関係を肯定したのが,

労働者によって有利なポイントです。

 

 

このように,労災事故が発生した場合,

直接の雇用主の損害賠償金を支払う資力に問題がある場合には,

元請会社など他の会社に対して,

損害賠償請求ができないかを検討することをおすすめします。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

造園業の労働者の転落事故における安全配慮義務

1 造園業には転落事故のリスクがある

 

 

毎年11月1日,兼六園では,

雪から樹木を保護するために,

雪吊りをしています。

 

 

雪吊りのされた樹木と雪の景色は美しく,

金沢の冬の風物詩となっています。

 

 

 

ちょうど,11月ころになると,石川県内のニュースで,

兼六園の雪吊り作業が始まりましたというトピックが流れてきます。

 

 

そのニュースを見ていると,庭師や造園業の方々は,

高い樹木の上で作業をしているのがわかります。

 

 

このように,高い樹木の上で作業をしている方々が

転落した場合の労災事故について,本日は解説していきます。

 

 

2 安全配慮義務とは

 

 

まず,会社は,自己の使用する労働者の生命と健康を

危険から保護するように配慮する義務を負っています。

 

 

これを安全配慮義務といいます。

 

 

労災事故において,会社に損害賠償請求をする場合には,

会社に安全配慮義務違反がなかったかを検討することになります。

 

 

安全配慮義務の具体的内容は,

労働者の職種,仕事内容,仕事の場所

などの具体的状況によって定まります。

 

 

3 転落事故における安全配慮義務とは

 

 

次に,高い樹木の上から転落した場合の安全配慮義務違反が争われた,

日本総合住生活ほか事件の東京高裁平成30年4月26日判決

(労働判例1206号46頁)を紹介します。

 

 

この事件は,被災労働者が樹木の上から転落して,

四肢体幹機能障害などの後遺障害が生じたとして,

直接の雇用主である第2次下請業者と第1次下請業者と元請業者に対して,

安全配慮義務違反を根拠に,損害賠償請求をしたものです。

 

 

 

 

労災事故における安全配慮義務を検討するときには,

会社に労働安全衛生法や労働安全衛生規則の

違反がなかったかを検討します。

 

 

本件のような転落の労災事故については,

労働安全衛生規則518条と519条が参考になります。

 

 

(作業床の設置等)

第五百十八条 事業者は、高さが二メートル以上の箇所

(作業床の端、開口部等を除く。)で作業を行なう場合において

墜落により労働者に危険を及ぼすおそれのあるときは、

足場を組み立てる等の方法により作業床を設けなければならない。

 

2 事業者は、前項の規定により作業床を設けることが困難なときは、

防網を張り、労働者に要求性能墜落制止用器具を使用させる等

墜落による労働者の危険を防止するための措置を講じなければならない。

 

第五百十九条 事業者は、高さが二メートル以上の作業床の端、開口部等で

墜落により労働者に危険を及ぼすおそれのある箇所には、

囲い、手すり、覆い等(以下この条において「囲い等」という。)

を設けなければならない。

 

2 事業者は、前項の規定により、囲い等を設けることが著しく困難なとき

又は作業の必要上臨時に囲い等を取りはずすときは、防網を張り、

労働者に要求性能墜落制止用器具を使用させる等

墜落による労働者の危険を防止するための措置を講じなければならない。

 

 

ようするに,労働者が転落しても,被害が最小限になるように,

防網を張り,墜落防止の器具を使用させなければならないのです。

 

 

そして,墜落防止の器具として使用されているのが安全帯です。

 

 

安全帯とは,高いところで作業する人の

墜落を防止するための保護具のことです。

 

 

 

https://www.bildy.jp/mag/safetybelt-fullharness/

http://www.cranenet.or.jp/susume/susume12_05.html

(安全帯についてはこちらのサイトに

わかりやすい説明が記載されています)

 

 

本件事件では,造園業界では一般的ではなかった

二丁掛の安全帯を使用させていなかったことが

安全配慮義務違反になるかが争点となりました。

 

 

二丁掛の安全帯を使用していれば,原則として,

高い樹木の上で作業する際に転落事故を防ぐことができ,

本件労災事故も防ぐことができました。

 

 

そして,雇用主が二丁掛の安全帯を被災労働者に提供して,

使用方法を指導して,樹木の上での作業のときに

二丁掛の安全帯を使用させる安全配慮義務があったのに,

これを怠ったと判断され,

雇用主の会社に対する損害賠償請求が認められました。

 

 

 

もっとも,被災労働者は,

一丁掛の安全帯を着用すべきことを認識しており,

一丁掛の安全帯を使用していれば,

本件労災事故を防ぐことができたとして,

5割の過失相殺がされました。

 

 

造園業界ではまだ一般的ではなかった

二丁掛の安全帯を使用させることが

安全配慮義務の具体的内容となると判断したことが,

今後の転落の労災事故で応用できそうです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

教員間のいじめ問題と公務災害申請

1 東須磨小学校の教員間のいじめ問題

 

 

先日,ブログで紹介した,神戸市の東須磨小学校で発生した

教員間の悲惨ないじめ問題に関して,

被害者の教員が公務災害の申請をすることになったようです。

 

 

https://www.asahi.com/articles/DA3S14220588.html?iref=pc_ss_date

 

 

https://www.kanazawagoudoulaw.com/tokuda_blog/201910118636.html

 

 

報道によりますと,激辛カレーを無理やり食べさせて,

苦しんでいる被害者の教員の姿を見て,あざ笑うなど,

陰湿極まりないいじめが行なわれていたようです。

 

 

 

本来,子供達のいじめを防止すべき教員が,

大人のいじめをしていたことに,

多くの方々が憤りを感じたことと思います。

 

 

被害者の教員は,今回のいじめを受けて,

体調を崩し,学校を休んでいるようです。

 

 

2 公務災害の申請

 

 

このように,公務員がいじめやパワハラを受けて,

体調を崩し,仕事を休むことになった場合,

治療費や休んでいる期間の給料が心配になります。

 

 

このようなときには,公務災害の申請をするべきです。

 

 

地方公務員が,仕事が原因で負傷したり,

病気を発症したりした場合,

地方公務員災害補償基金という機関に対して,

公務災害の申請をして,公務災害と認定されれば,

療養補償や休業補償といった補償を受けられるのです。

 

 

民間企業でいう労災が,

地方公務員では公務災害となっており,

認定基準が異なっています。

 

 

地方公務員が,仕事が原因で,精神障害を発症した場合,

「精神疾患等の公務災害の認定について」という認定基準に基づいて,

公務災害が否かが判断されます。

 

 

https://www.chikousai.go.jp/reiki/pdf/h24ho61.pdf

 

 

この認定基準における,精神疾患の公務災害の要件は次の2点です。

 

 

①対象疾病発症前のおおむね6ヶ月の間に,

業務により強度の精神的又は肉体的負荷を受けたことが認められること

 

 

 ②業務以外の負荷及び個体側要因により

対象疾病を発症したとは認められないこと

 

 

この①の要件を検討する際に,精神疾患を発症した地方公務員に

どのような出来事があったのかを分析します。

 

 

強度の精神的又は肉体的負荷の具体的な事象として,

「職場でひどい嫌がらせ,いじめ又は暴行を執拗に受けたと

認められる場合」があげられています。

 

 

 

嫌がらせやいじめを検討するときには,

業務指導の範囲を逸脱しているか,

人格や人間性を否定する言動があったか,

上司に改善を求めたものの改善されなかったか,

いじめや嫌がらせの継続期間

などに着目して分析します。

 

 

3 東須磨小学校の事件に認定基準をあてはめる

 

 

東須磨小学校の事件にあてはめてみます。

 

 

激辛カレーを食べさせるなど行為は,

明らかに業務指導の範囲を逸脱しており,

嫌がる人に無理やり食べさせてあざ笑うという点において,

被害者教員の人格や人間性を否定しています。

 

 

被害者教員は,管理職に被害の実態を訴えたものの,

学校側から加害者教員に対する適切な対応がなされなかったようです。

 

 

そして,いじめや嫌がらせは,単発ではなく,

一定期間継続していたようです。

 

 

そのため,東須磨小学校の事件では,

「職場でひどい嫌がらせ,いじめ又は暴行を執拗に受けたと

認められる場合」に該当すると考えられます。

 

 

被害者教員の公務災害が認定されれば,

治療費の負担はなくなり,

休業期間中の給料が補償されるので,

安心して治療に専念できることになります。

 

 

地方公務員が,いじめや嫌がらせを受けて精神疾患を発症した場合には,

公務災害の申請をすることをおすすめします。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

労災保険の特別加入制度

労災事故に巻き込まれたので,会社に労災の申請を依頼したところ,

会社からは,君は労働者ではないので,労災保険は使えないと言われて

困っていますという法律相談を先日受けました。

 

 

相談者の方は,会社との間で,労働契約ではなく,

業務委託契約を締結しているので,会社は,

相談者の方について,労災保険料を支払っていないようです。

 

 

このような場合,業務委託契約を締結していても,

勤務実態をみてみると労働者と評価できる場合には,

労災保険法が適用される可能性があります。

 

 

もう一つ,労災保険の特別加入制度を利用するという方法もあります。

 

 

 

本日は,労災保険の特別加入制度について説明します。

 

 

特別加入制度とは,労働者以外の者であっても,

労働者に準じて労災保険の保護を与えるにふさわしいとされる者について,

労災保険の目的を損なわず,業務上・外の認定など

保険技術的に可能な範囲で,労災保険の適用をはかることとした制度です。

 

 

中小企業の事業主や,一人親方,自営業者などが対象です。

 

 

労働者にとっての労災保険は事業主において

強制加入することとされており,

労働者が加入手続などをする必要はないのですが,

特別加入制度は,事業主や,一人親方,自営業者

などが自分で加入手続をとる必要があります。

 

 

特別加入制度を利用するための手続きについては,

加入者が従事している業務内容に応じて窓口が設けられており,

その窓口を通じて特別加入申請書を労働基準監督署へ提出し,

各都道府県労働局長の承認を受けることが必要になります。

 

 

特別加入制度に加入した者が,仕事中に負傷したり,

通勤の途中で負傷した場合,治療費,休業補償,障害補償,遺族補償など,

通常の労災に準じた種類の給付を受けられます。

 

 

 

もっとも,特別加入の場合,各種給付の給付額を算定する

基礎となる給付基礎日額の決定方法が,

通常の労災の場合とは異なり,特別加入申請の際に,

加入者自身が所得水準に見合った適切な金額を選択して申請し,

都道府県労働局長が承認した金額が給付基礎日額となるのです。

 

 

ですので,仕事中に怪我を負う危険の高い業務をする

中小企業の事業主,一人親方,自営業者は,

特別加入制度を利用して,もしものときに備えるべきだと思います。

 

 

また,特別加入制度を利用していたとしても,

仕事中に怪我をしたときの具体的な契約内容や

就労実態からして労働者と認められる場合には,

特別加入制度ではなく,通常の労災補償を受けられるときがあります。

 

 

特別加入制度で定めた給付基礎日額よりも,

通常の労災補償の給付基礎日額の方が高い場合には,

労働者であるとして,通常の労災保険給付の

請求をしてみるのがいいと思います。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

会社が労災保険の届出をしていなくても労働者は労災保険を利用できるのか?

先日,次のような労働相談を受けました。

 

 

仕事中に事故にあったので,会社に労災の申請をお願いしたら,

君はまだ見習いだから,君については,労災の届出をしていない

という説明を受けたという内容でした。

 

 

このように,会社が労災保険の届出をしていなかったり,

労災保険料の支払を滞納していたときに,

労働者が仕事中にけがをした場合,労働者は,

労災保険を利用することができるのでしょうか。

 

 

 

結論から言いますと,このような場合でも,

労働者は,労災保険を利用できます。

 

 

労働者を一人でも使用する事業主は,

会社等の法人や個人事業主の区別なく,

労災保険に加入する義務があります(労災保険法3条1項)。

 

 

そのため,会社が労災保険の届出や加入手続をしていなくても,

労働者は,当然に労災保険の適用を受けることができるのです。

 

 

このように,労災保険は,強制加入制度になっているわけです。

 

 

会社が勝手に労災保険料を支払う必要がないと考えて,

労災保険料を支払っていなかった状態で,

労働者が労災事故に巻き込まれた場合,

その労働者は,会社が労災保険料を支払っていなくとも,

当然に,労災保険の適用を求めることができます。

 

 

そして,①会社が故意または重大な過失によって

労災保険の届出をしていない期間に発生した労災事故,

②会社が労災保険料を滞納していた期間に発生した労災事故,

③会社が故意または重大な過失によって発生させた労災事故について,

国が,被災労働者に対して,労災保険の給付を行った場合,

国は,会社に対して,労災保険の給付に要した費用

に相当する金額の全部または一部を徴収することができます。

 

 

 

例えば,労働基準監督署から労災保険の届出をするように

指導を受けていたにもかかわらず,

会社が手続を行なわない期間中に労災事故が発生した場合,

会社が故意に手続を行なわなかったとして,

その労災事故に対して支給された保険給付額の100%が徴収されます。

 

 

また,労働基準監督署からの指導はなかったものの,

労働者を採用してから1年が経過しても,

なお労災保険の届出を怠っていた期間中に労災事故が発生した場合,

会社が重大な過失によって手続を行なわなかったとして,

その労災事故に対して支給された保険給付額の40%が徴収されます。

 

 

このように,会社が労災保険の届出をしていなかったり,

労災保険料を滞納していたとしても,労働者には,

労災保険が適用されるので,労災事故に巻き込まれてしまったら,

会社に気兼ねすることなく,労災申請をするようにしてください。

 

 

その後,会社が労災保険給付について徴収されたとしても,

それは自業自得ということになるのです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

仕事中に犯罪に巻き込まれたら労災の認定が受けられるのか

報道によりますと,京都アニメーションの放火事件において,

京都労働局が労災の認定に前向きであることが伝えられています。

 

 

https://www.asahi.com/articles/ASM7Z4F1SM7ZPTIL00W.html

 

 

仕事中に犯罪に巻き込まれてしまった場合,

通常,犯罪行為の加害者は,財産を持っていないことが多く,

加害者から損害賠償を回収することは困難なので,被害者は,

労災保険から補償を受けられないのかを検討することになります。

 

 

とはいえ,仕事中に犯罪に巻き込まれたからといって,

必ずしも,労災と認定されるとは限らないのです。

 

 

本日は,仕事中に犯罪に巻き込まれた場合の労災について解説します。

 

 

まず,労災保険の給付を受けるためには,

仕事が原因で労働者が負傷したことが要件となります。

 

 

 

この仕事が原因で労働者が負傷したといえるためには,

仕事と負傷との間に相当因果関係があることであり,

もう少し具体的には,労働災害の発生が業務に内在する危険が

現実化したことによるものと認められることが必要になります。

 

 

これを業務起因性といいます。

 

 

そこで,仕事中に犯罪に巻き込まれて負傷したことが,

業務に内在する危険が現実化したことによるものと

認められるかが問題となるのです。

 

 

この問題で,注目すべき裁判例として,

国・尼崎労基署長(園田競馬場)事件の

大阪高裁平成24年12月25日判決

(労働判例1079号98頁)があります。

 

 

この事件では,競馬場で馬券を購入する客にマークシートの

記入方法などを案内する女性担当員(通称マークレディといいます)が,

ストーカーと化した同じ競馬場に勤務する男性警備員に

勤務中に刺殺されたことについて,

業務起因性があるのかが問題となりました。

 

 

 

裁判所は,労働者が仕事中に同僚などからの暴行

という災害によって負傷した場合には,原則として,

業務に内在する危険が現実化したと評価でき,

同僚などからの暴行が個人的恨みや,

仕事上の限度を超えた挑発的・侮辱的行為によって生じたなど,

仕事と関連しない事由によって発生したのではない限り,

業務起因性が認められると判断しました。

 

 

そのうえで,男性警備員が,来場者や警備員を含めて

圧倒的に男性が多い園田競馬場において,

近隣で1対1の関係にもなり得る数少ない魅力的な女性である

マークレディに対して,恋愛感情を抱くことも決してないとはいえず,

その結果,男性警備員が良識を失い,

ストーカー的行動を引き起こすことも,

全く予想できないわけではなく,

単なる同僚労働者間の恋愛のもつれとは質的に異なっており,

マークレディとしての仕事に内在する危険性に基づくものであるとして,

業務起因性が認められました。

 

 

競馬場において男性警備員が良識を失って,

ストーカー行為をすることが,

マークレディの仕事に内在する危険が現実化したというのは,

やや強引な気がしますが,被害者救済のために,

裁判所は,業務起因性について,

柔軟に捉えているのだと考えられます。

 

 

京都アニメーションの放火事件では,加害者が,

京都アニメーションへの恨みを語っていることから,

会社と加害者とのトラブルに労働者が

仕事中に巻き込まれてしまったといえ,

業務起因性が認められる可能性があります。

 

 

 

他方,加害者が京都アニメーションへの恨みがなく,

通り魔的に放火して,それに労働者が巻き込まれてしまった場合には,

業務起因性が認められるかは微妙になってきます。

 

 

もっとも,京都アニメーションの放火事件は,

あまりにも悲惨であり,被害者をなんとか救済しないといけない

という世論が強く,京都労働局は,世論に動かされて,

労災認定に前向きになったと考えられます。

 

 

京都アニメーションの放火事件において,労災の認定がされて,

被害者が救済されることを祈念しております。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

熱中症労災における会社に対する損害賠償請求

お盆の時期となり,各地で猛暑日となっております。

 

 

最高気温が35℃を超える日が多く,

何をしても汗がダラダラとおちてきて,

クーラーをかけていないと不快な気分になってしまいます。

 

 

 

このような猛暑日には,熱中症に気をつける必要があります。

 

 

先日,熱中症についての労災申請について

ブログ記事を記載しましたので,本日は,

仕事中に労働者が熱中症を発症した場合の

会社に対する損害賠償請求について解説します。

 

 

https://www.kanazawagoudoulaw.com/tokuda_blog/rousai/201908098427.html

 

 

会社は,労働者に対して,労働者の健康や安全を確保して

労働できるように配慮する義務を負っています。

 

 

これを安全配慮義務といいます。

 

 

会社がこの安全配慮義務に違反したとき,労働者は,

会社に対して,損害賠償請求をすることができるのです。

 

 

熱中症については,先日のブログで紹介した

職場における熱中症予防対策マニュアル」に,

会社が取り組むべき熱中症予防対策が記載されており,

このマニュアルに記載されていることが,

会社の安全配慮義務の内容になると考えられます。

 

 

具体的には,①作業環境管理として,

WBGT値の測定並びに温度湿度の低減努力措置,休憩場所の整備など,

②作業環境として,作業時間の短縮,熱への順化,

水分及び塩分の摂取,服装への配慮,作業中の巡視,

③健康管理として,健康診断の実施,労働者の健康管理指導,

作業開始前における労働者の健康状態確認,

④労働衛生教育として,作業管理者及び労働者に対する熱中症の症状,

予防方法,緊急時の救急措置などが記載されています。

 

 

 

そこで,会社は,温度・湿度,作業の身体強度,

衣服の組合せによる補正,熱順化の有無などで計算される

WBGTの基準値を超えるような環境で

労働者を働かせないように努力すべきです。

 

 

そして,WBGTの基準値を超える過酷な環境で

作業を行わせる場合には,温度・湿度の低減措置,

作業時間の短縮,作業時刻の変更,

作業人数や器具を利用した作業の身体強度低減

などの措置を講じるべきなのです。

 

 

会社がこれらの安全配慮義務に違反して,

労働者に熱中症を発症させた場合,

熱中症を発症した労働者が被った心身の被害について,

損害賠償義務を負うことになるのです。

 

 

熱中症による損害賠償請求が争われた

大阪高裁平成28年1月21日判決では,

会社は,現場の監督者に対して,

日頃から高温環境下において労働者が具合が悪くなり

熱中症と疑われるときは,労働者の状態を観察し,

涼しいところで安静にさせる,

水やスポーツドリンクなどを取らせる,

体温が高いときは,裸体に近い状態にし,

冷水をかけながら風をあて,氷でマッサージするなど

体温の低下を図るといった手当を行い,

症状が重い場合には,医師の手当をうけさせる

などの措置を講ずることを

教育しておく義務があったと判断されました。

 

 

 

会社は,高温の環境で現場監督をする労働者に対して

労働安全教育をしなければならないのです。

 

 

ひらかたパークの熱中症の労災事故では,おそらく,

WBGTの基準値が超える環境において,

温度・湿度の低減措置がとられていなかったり,

作業時間の短縮がされていなかったと考えられ,

安全配慮義務違反が認められる可能性があります。

 

 

猛暑日に屋外で作業をする場合には,

熱中症予防対策マニュアルに記載されていることを

遵守することが求められます。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

ひらかたパークの熱中症の労災事故から熱中症の労災認定を考える2~熱中症予防対策マニュアルの紹介~

昨日に引き続き,熱中症の労災認定について解説します。

 

 

熱中症の労災の要件を検討するにあたり,

厚生労働省の「職場における熱中症の予防について」という通達と,

「職場にける熱中症予防対策マニュアル」

に記載されていることが参考になりますので,

ここに記載されていることを紹介します。

 

https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei33/

 

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/manual.pdf

 

 

そもそも,熱中症とは,高温多湿な環境下において,

体内の水分及び塩分のバランスが崩れたり,

循環調節や体温調節などの体内の重要な調整機能が破綻するなどして

発症する障害の総称であり,めまい・失神,筋肉痛・筋肉の硬直,

大量の発汗,頭痛・気分の不快・吐き気・嘔吐・倦怠感・虚脱感,

意識障害・痙攣・手足の運動障害,高体温などの症状が現れます。

 

 

 

熱中症が生じやすい環境は,高温多湿で,

発熱体から放射される赤外線による熱があり,無風な状態です。

 

 

気温が30℃を超えると熱中症発生件数が増加してきますが,

30℃より低くても相対湿度が高い場合には

熱中症が発生しやすくなるのです。

 

 

熱中症が生じやすい典型的な作業は,

作業を始めた初日に身体への負荷が大きく,

休憩をとらずに長時間にわたり連続して行う作業です。

 

 

加えて,通気性や透湿性の悪い衣服や

保護具を着用して行う作業では,

汗をかいても体温を下げる効果が期待できず,

熱中症が生じやすくなります。

 

 

では,具体的に,どれくらいの温度や湿度,

作業強度であれば,熱中症になる危険が大きいといえるのでしょうか。

 

 

この点,熱中症の発生リスクを評価するための暑さ指数として

WBGT(湿球黒球温度)指数が活用されています。

 

 

WBGT指数は,温度,湿度,風速,放射熱,身体作業強度,

作業服の熱特性といった因子をすべて考慮した,暑さ指数です。

 

 

WBGT指数の基準値を超えると

熱中症のリスクが高まることになります。

 

 

 

また,人間は暑さに多少慣れることがあり,

暑さに慣れてくると,体温を一定に維持する働きが

向上するとともに水分やナトリウムを失いにくくなります。

 

 

これを暑さへの順化といいます。

 

 

梅雨から夏になる時期で急に熱くなったときに作業をすると,

暑さへの順化ができておらず,熱中症が生じやすくなります。

 

 

労働者が暑さに順化していないときには,

作業休止時間や休憩時間を確保し,

高温多湿な場所での作業を連続して行う時間を

短縮する必要があります。

 

 

これらを前提に,職場では,

WBGT指数を低減するために,

熱を遮る遮蔽物を設置したり,

適度な痛風や冷房を行う設備を設置したり,

涼しい休憩場所を設置して,

水分や塩分を補給させたり,

熱を吸収し保熱しやすい服装を避けて,

透湿性及び通気性の良い服装を着用させたり,

作業中の巡視をさせたりといった,

熱中症対策をとることが考えられます。

 

 

 

以上をもとに,ひらかたパークの熱中症の労災について検討してみます。

 

 

今回の労災事故は,7月28日午後7時30分から8時ころに,

気温28.7℃,湿度68%の屋外で

重さ15㎏の着ぐるみを着用して

ダンスの練習をしていたときに発生しました。

 

 

気温は30℃を超えていませんでしたが,湿度が高く,

今年は梅雨明けが遅く,7月下旬ころから急に暑くなったので,

暑さへの順化ができていなかった可能性が考えられます。

 

 

高温多湿の環境で,密閉されて通気性のない重さ15㎏の

着ぐるみを着用してダンスの練習をすれば,

WBGT指数の基準値を超えていたと考えられます。

 

 

そのため,ひらかたパークの熱中症による死亡事故について,

仕事が原因で熱中症を発症したといえ,

労災申請をすれば,労災と認定されると考えられます。

 

 

労災と認定されれば,遺族に対して,

労災保険から,遺族年金などの支給がなされます。

 

 

暑い日が続きますので,屋外で働く方々は,

くれぐれも熱中症には気をつけてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

ひらかたパークの熱中症の労災事故から熱中症の労災認定を考える

大阪府枚方市にある遊園地ひたかたパークにおいて,

28歳の男性アルバイト職員が,

屋外のステージで着ぐるみ姿でダンスの練習をしていたところ,

練習後に熱中症で倒れて,救急搬送されましたが,

まもなく死亡したという労災事故が発生しました。

 

 

https://www.asahi.com/articles/ASM7Y5W78M7YPTIL02L.html

 

 

この男性アルバイト職員は,

昼間に着ぐるみを着て25分ほど園内で活動し,

その後,着ぐるみを脱いで,別の業務をこなし,

閉園後19時30分から,

屋外で着ぐるみを着てダンスの練習をしたようです。

 

 

この日の大阪府の最高気温は33.2度,

午後8時の気温は28.7度で,

湿度は68%だったようです。

 

 

男性が着ていた着ぐるみの重さは15㎏だったようです。

 

 

 

子供達が喜ぶとはいえ,炎天下の屋外で,

重くて風通しが悪い着ぐるみを着てダンスを踊るのは,

本当に過酷な仕事だと思います。

 

 

このように,仕事中に熱中症になった場合,

労災と認められるのでしょうか。

 

 

本日は,熱中症の労災について解説します。

 

 

労働基準法施行規則別表第一の二第2号8には,

暑熱な場所における業務による熱中症

が業務上の疾病として規定されています。

 

 

仕事が原因で熱中症が発症したといえるためには,

熱中症を発症したと医学的に認められて,

その熱中症の発症が業務に起因する

という要件を満たす必要があります。

 

 

 

まず,熱中症を発症したと医学的に認められるためには,

次の点が考慮されます。

 

 

①作業条件及び温湿度条件等の把握

 

 

②一般症状の視診(けいれん,意識障害等)及び体温の測定

 

 

③作業中に発生した頭蓋内出血,脳貧血,てんかん等

による意識障害等との鑑別診断

 

 

すなわち,作業環境や気温などのデータに加えて,

他の疾病ではなく,熱中症を発症していることが

外見や体温などからも診断できる必要があるわけです。

 

 

次に,熱中症の発症が業務に起因すると認められるためには,

次の点が考慮されます。

 

 

①業務上の突発的またはその発生状態を時間的,

場所的に明確にしうる原因が存在すること

 

 

②当該原因の性質,強度,これらが身体に作用した部位,

災害発生後発病までの時間的間隔などから

災害と疾病との間に因果関係が認められること

 

 

③業務に起因しない他の原因により発病したものでないこと

 

 

ようするに,真夏の午後の時間に炎天下の屋外で重労働をして,

比較的短時間で熱中症になり,特に持病をもっていなかった場合には,

仕事が原因で熱中症を発症したと認められることになります。

 

 

そして,労働者の従事する作業環境条件,作業態様,

労働時間,作業場の温湿度条件,服装,発症時期等を総合考慮して,

仕事が原因で熱中症を発症したのかが判断されます。

 

 

 

以上説明してきた,熱中症の労災の要件を検討するにあたり,

厚生労働省の「職場における熱中症の予防について」という通達と,

「職場にける熱中症予防対策マニュアル」

に記載されていることが参考になります。

 

 

長くなりましたので,続きは明日以降に記載します。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。