海外で労災事故に巻き込まれた場合に日本の労災保険法が適用されるのか?

昨日に引き続き,海外における労災事故について解説します。

 

 

昨日のブログに記載しましたが,海外での仕事が,

「海外出張」に該当すれば,日本の労災保険法が適用されるのですが,

「海外派遣」に該当すれば,日本の労災保険法は適用されないものの,

海外派遣者の特別加入の申請手続きをとり,承認が得られれば,

日本の労災保険法の補償が受けられるのです。

 

 

 

 

さて,海外に長期滞在する場合,

海外派遣者の特別加入制度を利用すれば問題ないのですが,

当初は,すぐに日本に帰国する予定であったものの,

予期せず海外滞在が長くなり,その後,

労災事故に巻き込まれてしまい,労災事故の時点において,

海外派遣者の特別加入制度の申請手続きをとっていなかった場合に,

日本の労災保険法が適用されるのかということが問題となります。

 

 

この問題について判断した裁判例として,

国・中央労働基準監督署長(日本運輸社)事件があります

(東京高裁平成28年4月27日判決・労働判例1146号46頁)。

 

 

この事件では,中国の現地法人で総経理の仕事をしていた

労働者が急性心筋梗塞を発症して死亡した事件で,

遺族は,労働基準監督署に対して,

遺族補償給付と葬祭料の支給を求めましたが,

労働基準監督署は,死亡した労働者は,

海外派遣者であり,特別加入の承認を受けていなかったとして,

日本の労災保険法の補償は受けられないと判断しました。

 

 

そこで,遺族が,この労働基準監督署の判断を不服として,

労災保険の不支給処分を取り消すための訴訟を提起しました。

 

 

争点は,死亡した労働者が,海外出張者か海外派遣者かというもので,

海外出張者に該当すれば,遺族が救済されることになります。

 

 

東京高裁は,海外出張か海外派遣かの判断基準について,

次のように判示しました。

 

 

 

 

単に労働の提供の場が海外にあるだけで,

国内の事業場に所属して当該事業場の使用者の

指揮に従って勤務しているのか,それとも,

海外の事業場に所属して当該事業場の使用者の

指揮に従って勤務しているのかという観点から,

当該労働者の従事する労働の内容やこれについての

指揮命令関係等の当該労働者の国内での勤務実態を踏まえ,

どのような労働関係にあるのかによって,

総合的に判断されるべきものである

 

 

具体的には,被災した労働者の所属,地位,権限,

赴任時における日本の会社の内部処理,賃金支払,

労務管理,労災保険料の納付状況等が総合考慮されます。

 

 

本件事件では,被災した労働者には,

受注の可否の決定や値段や納期など契約内容の決定を行う権限も,

顧客に発注する見積書の内容を決定する権限も,

日本の会社から与えられておらず,

日本の会社の担当者がこれらの決定していました。

 

 

また,日本の会社では,被災した労働者を長期出張として

内部処理して労災保険料の納付を継続しており,

被災した労働者の給料は,日本の会社から

中国の現地法人を介して支払われており,

被災した労働者は,出席簿を日本の会社に提出していました。

 

 

これらの事実から,被災した労働者は,

単に労働の提供の場が海外にあるにすぎず,

国内の事業場に所属して,国内の事業場の使用者の

指揮命令に従って勤務する労働者であり,

海外出張者に該当するので,特別加入手続きがとられていなくても,

日本の労災保険法の補償を受けられると判断されました。

 

 

 

 

このように,海外出張者か海外派遣者かについては,

被災した労働者の労働実態を入念に検討していく必要があります。

 

 

とはいえ,場合よっては海外派遣者と

判断される可能性もありますので,

長期間海外で働く場合には,事前に

海外派遣者の特別加入制度の承認手続きを

しておくようにしましょう。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

海外の労災事故に日本の労災保険が適用されるのか?

ラオスで水力発電所の建設工事に従事していた

大林組の男性社員がくも膜下出血で死亡したのは,

長時間労働が原因であるとして,

三田労働基準監督署が労災認定しました。

 

 

https://www.asahi.com/articles/ASM3W56NCM3WULFA02D.html

 

 

過労死した男性は,メコン川支流の川に建設するダムや

水力発電所の工事の管理者をつとめていたようで,

死亡する1ヶ月前の時間外労働は約187時間,

最長で1ヶ月239時間の時間外労働をし,

50日連続勤務のときもあったようです。

 

 

 

海外で働くと,言葉が通じないうえに,文化が異なることで

ストレスがかかりますし,体調を崩した時に,

適切な医療を受けられるのか不安なことが多いです。

 

 

それでは,海外勤務で労働災害に巻き込まれた場合,

労働者には日本の労災保険が適用されるのでしょうか。

 

 

この点,海外での労働が,「海外出張」か「海外派遣」かによって,

日本の労災保険法が適用されるのかが分かれます。

 

 

海外出張とは,単に労働の提供の場が海外にあるにすぎず,

国内の事業場に所属し,その事業場の使用者の

指揮に従って勤務することをいいます。

 

 

具体的には,海外における,①商談,

②技術・仕様などの打ち合わせ,

③市場調査・会議・視察・見学,

④アフターサービス,

⑤現地での突発的なトラブルの対処,

⑥技術習得などのために海外に赴く場合

などが海外出張となります。

 

 

 

 

海外出張の場合,出張中に発生した労働災害には

国内と同様に労災保険法が適用されます。

 

 

そのため,海外で発生した労働災害について,

業務遂行性(労働者が労働契約に基づいて会社の支配下にある状態)と

業務起因性(仕事が原因で負傷したこと)が認められれば,

業務上の労働災害として,労災保険の給付が受けられます。

 

 

他方,海外派遣とは,海外の事業場に所属して,

その事業場の使用者の指揮に従って勤務することをいいます。

 

 

具体的には,①海外関連会社(現地法人,合弁会社,提携先企業)

へ出向する場合,②海外支店,営業所へ転勤する場合,

③海外で行う据付工事・建設工事に従事する場合

(統括責任者,工事監督者,一般作業員などとして派遣される場合)

などは海外派遣となります。

 

 

海外派遣の場合,日本の労災保険法は適用されず,

海外派遣先の国の災害補償制度が適用されます。

 

 

しかし,海外には災害補償制度が確立していない国があったり,

災害補償制度が確立していても,補償水準は国によって差があります。

 

 

そのため,海外派遣の労働者の保護を図るために,

労災保険法には,海外派遣者の特別加入制度があります。

 

 

 

 

海外で仕事を開始する2週間ほど前に,

申請書を労働基準監督署を経由して労働局へ提出し,

労働局長が承認をすれば,海外派遣の労働者に,

日本の労災保険が適用されます。

 

 

また,すでに赴任している海外派遣の労働者に対しても,

特別加入制度を利用できますが,

日本の労災保険が適用されるのは,

労働局長の承認があった日以降となります。

 

 

海外に転勤になった場合には,

もしものことに備えて,

海外派遣者の特別加入制度に加入申請することを

忘れないようにしてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

労災の時効

共同通信社の報道によりますと,埼玉県警の元職員が,

腰痛を理由とする地方公務員災害補償基金への請求書類を

県警本部に提出したところ,県警本部の担当職員が,

基金へ書類を送らず,請求が認められないことのみを伝えて,

不備の内容や修正点を示さずに返還したことについて,

公務災害の認定の判断を受ける権利を侵害したとして,

約3万円の損害賠償請求が認められたようです。

 

 

公務災害の請求を妨害されたことで

損害賠償請求が認められるのは珍しいです。

 

 

 

このように,労災の請求を妨害されてしまうと,

労災保険給付を受ける権利が時効で消滅するリスクがあります。

 

 

また,職場におけるパワハラやいじめによって,

うつ病などの精神疾患を発症し,何もする気力が起きず,

ようやく労災の請求をしようと思ったときには,

時効になっていたということもあります。

 

 

そこで,本日は,労災の時効について説明します。

 

 

まず,労災の認定がされれば,病院の治療費は,

労災保険から支給されます。

 

 

これを,療養給付といいます。

 

 

 

 

療養給付については,病院に対して治療費を支払った日の翌日

から時効が進行して2年で時効が完成します。

 

 

次に,仕事中にけがをして会社を休むことになった場合,

労災の認定がされれば,労災保険から,給料の概ね8割の金額が

休業給付として支給されます。

 

 

休業給付については,休業のため賃金を受けない日ごとにその翌日

から時効が進行して,2年で時効が完成します。

 

 

仕事を休んだ日ごとに時効が進行しますので,

2017年3月26日から休業のため賃金を受け取っていない場合,

2019年3月26日の時点で,2年前の2017年3月26日分

の休業給付は時効で消滅しますが,2017年3月27日以降の

休業給付はまだ時効で消滅していないので,

2019年3月26日に労災の申請をして労災の認定がされれば,

2017年3月27日以降の休業給付を受けられることになります。

 

 

労災申請が遅くなると,日が経つごとに,

休業給付を受ける権利が時効で消滅していきますので,

早急に労災申請をするべきなのです。

 

 

仕事中にけがをして治療を続けてきたものの,

これ以上治療を継続しても,

症状がよくならない状態となり(症状固定といいます),

労働者に後遺障害が残った場合,

労災保険から,障害給付を受けられます。

 

 

障害給付については,症状固定日の翌日から

時効が進行し,5年で時効が完成します。

 

 

仕事中の事故で労働者が死亡した場合,労災保険から,

労働者の遺族に対して,遺族給付と葬祭料が支給されます。

 

 

労働者が死亡した日の翌日から時効が進行し,

遺族給付については,5年で時効が完成し,

葬祭料については,2年で時効が完成します。

 

 

このように,時効が完成すると,

労災保険から給付を受けられなくなりますので,

なるべく早く労災の請求をするべきなのです。

 

 

 

会社には,労災請求にあたって,

労働者に協力する義務を負っていますので,

労災請求を妨害することはあってはならないのです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

パワハラと労災申請

パワハラを受けたことによって,

うつ病などの精神疾患を発症したとして,

労災申請をする件数が増加しています。

 

 

https://www.mhlw.go.jp/content/11402000/H29_no2.pdf

 

 

もっとも,労災申請をしても,パワハラなどの

仕事上の出来事が原因で,精神疾患を発症したと認められるのは,

約3割程度であり,狭き門です。

 

 

 

 

本日は,会社の代表者からパワハラを受けて,

うつ病に罹患したと主張する労働者が労災申請したものの,

労災とは認められなかったため,国を相手に,

労災の不支給決定処分の取消を求めて提訴した事件について紹介します

(国・さいたま労基署長(ビジュアルビジョン)事件・

東京地裁平成30年5月25日判決・労働判例1190号23頁)。

 

 

まず,精神障害の労災認定基準では,

労災認定を受けるためには次の3つの要件を満たす必要があります。

 

 

①対象疾病である精神障害を発病していること

 ②対象疾病の発病前おおむね6ヶ月の間に,

業務による強い心理的負荷が認められること

 ③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により

対象疾病を発症したとは認められないこと

 

 

本件事件の原告の労働者は,うつ病を発症しているので

①の要件を満たします。

 

 

そこで,原告の労働者が,②と③の要件を

満たすのかが争点となりました。

 

 

②の要件については,精神障害の労災認定基準に

「別表1:業務による心理的負荷評価表」という資料がついており,

そこに記載されている具体的出来事のどこにあてはまり,

その具体的出来事の心理的負荷の強度はどれくらいなのかを検討します。

 

 

本件事件では,原告の労働者は,会社の会議において,

代表者から,「幹部の中で会社の手帳を使っていない馬鹿なやつがいる」

などと言われて叱責されたことについて,具体的出来事としては,

「上司とのトラブルがあった」にあたり,

上司から業務指導の範囲内である強い叱責を受けたに該当するので,

心理的負荷は「中」と判断されました。

 

 

 

次に,原告の労働者は,休暇中にすぐに

電話に対応しなかったことで叱責,罵倒されたことについて,

同様に,心理的負荷は「中」と判断されました。

 

 

そして,原告の労働者は,代表者に対して,

退職を申し出たのですが,思い直して,

退職の申し出を撤回したものの,代表者からは,

「一度辞めると言ったのだから辞めなさい。甘ったれた顔をしやがって」

などと言われて,退職の申し出の撤回は認められませんでした。

 

 

さらに,代表者の側近からは,

土下座をする気持ちで謝るように言われていたので,

原告の労働者は,土下座を強要されているように感じました。

 

 

この退職の申し出の撤回を拒否されたことは,

具体的出来事としては,「退職を強要された」にあたり,

退職の意思のないことを表明しているにもかかわらず,

執拗に退職を求められたに該当するので,

心理的負荷は「強」と認定されました。

 

 

 

 

②の要件については,心理的負荷が「強」の具体的出来事が

1つあれば要件を満たすことになり,

心理的負荷が「中」の具体的出来事が複数ある場合は,

総合評価を行い,「強」となれば,要件を満たす場合があります。

 

 

③の要件については,原告の労働者には,

プライドが高いなどの面はあるものの,

退職をめぐるやりとりの過程で代表者との人間関係が悪化するまでは,

良好な人間関係を築いていたことから,

平均的な労働者の部類に入り,

原告の性格傾向が精神障害の発症に主として

影響したとはいえないと判断されました。

 

 

結果として,原告の労働者のうつ病発症は代表者からの

パワハラが原因であるとして,労災認定がされたのです。

 

 

精神疾患の労災認定は,専門的な判断が必要となりますので,

弁護士に相談することをおすすめします。

 

 

本日もお読みいただき,ありがとうございます。

保有個人情報開示請求で労災資料を取り寄せる

建設業や製造業の仕事場では,転倒や墜落・転落,

機械に腕を挟まれるなどの労災事故が発生することがあり,

4日以上の休業を伴う死傷事故が増加傾向にあります。

 

 

 

 

人手不足により,安全衛生管理体制が疎かになったり,

働く時間が長くなり,疲労がたまって,集中力の低下を招き,

労災事故が発生しているのかもしれません。

 

 

労災事故にあったならば,労働者は,

労働基準監督署に対して,労災申請をするべきです。

 

 

労災認定がされると,けがによる治療費が国から支給され,

仕事を休んでも,休業期間中は給料の8割が補償され,

後遺障害が残っても,障害年金や傷害一時金が支給され,

日々の生活の不安が軽減されます。

 

 

労災認定がされても,労災保険からは,

慰謝料は支給されませんので,

労災事故による慰謝料を請求するには,

会社に対して,別途,損害賠償請求をする必要があります。

 

 

また,労災と認定されなかった場合,

その決定に対して,不服申立てをすることができます。

 

 

このように,労災と認定されてもされなくても,

次の手続に進むためには,労働基準監督署が

労災事故の調査をした際に集めた資料を

検討しておくことが効果的です。

 

 

労働基準監督署が集めた資料を入手するための方法として,

保有個人情報開示請求という手続を利用します。

 

 

 

 

具体的には,下記URLにある所定の書式に

必要事項を記入した上で,労災の決定を行った労働基準監督署

のある都道府県の労働局長宛て(窓口は労働局総務部)に

書類を提出して行います(郵送も可能です)。

 

 

https://www.mhlw.go.jp/jouhou/hogo06/dl/01.pdf

 

 

上記URLにある「保有個人情報開示請求書」の

「1 開示を請求する保有個人情報」には,

次のことを記載するといいです。

 

 

①私が~年~月~日に負傷した事故について,

~(事業者名)から~労働基準監督署に提出された死傷病報告書及び,

災害調査や是正指導などがなされていた場合はその書類一式

 

 

②私が,~年~月~日に負傷した事故について治療をした

~県内のすべての医療機関のすべてのレセプト(調剤薬局を含む)

 

 

③私が~年~月~日に負傷した事故に関して,

療養の給付・休業補償・障害給付などの請求書全て(添付資料も含む)

及び支給決定決議書,支給決定にあたり調査をしていれば

その調査書全て(添付資料含む)

 

 

保有個人情報開示請求をすると,1ヶ月程度で,

開示決定がでて,次の資料を入手できます。

 

 

・労働者死傷病報告

 ・災害調査復命書

 ・診療報酬明細書

 ・療養補償給付たる療養の給付請求書

 ・休業補償給付請求書・決議書とそれぞれの添付資料

 ・障害補償給付支給請求書・決議書とそれぞれの添付資料

 

 

開示される資料の中には,聞き取り内容など関係者の

個人情報に属する部分が黒塗りになるといった限界がありますが,

調査復命書の内容の一部が開示されるため,

労働基準監督署がどのような枠組みで判断を行ったか

などについて知ることができて,効果的です。

 

 

 

 

保有個人情報開示請求を利用して,労災の資料を取り寄せて,

不服申立てや会社に対する損害賠償請求の準備をしていくのです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

地域防災訓練に参加する途中の負傷は労災か?

2018年は災害の多い年でした。

 

 

2018年2月には北陸地方で大雪,

6月には大阪北部地震,

7月には中国地方で豪雨災害,

夏から秋にかけて台風の被害,

9月には北海道胆振東部地震など,

全国各地で被害が発生しました。

 

 

 

 

このように,災害が多発していることから,

災害から自分の身を守るために,

地域では防災訓練が行われています。

 

 

さて,地域防災訓練に参加するための途中にけがをした場合,

労災が適用されるのでしょうか。

 

 

本日は,地域防災訓練に参加する途中でけがをした

市立小学校の教師が,公務災害に該当するかについて

争った地公災基金山梨県支部長事件を紹介します

(東京高裁平成30年2月28日判決・労働判例1188号33頁)。

 

 

この事件では,市立小学校の教師が,

日曜日に実施された地域防災訓練に参加するため,

その会場に向かう途中,その経路の途中にある

自らが担任する学級所属の児童の住居を訪問した際,

その住居で飼育されている犬にかまれて傷害を負いました。

 

 

 

 

この傷害について,原告の教師は,

公務災害の申請をしましたが,

公務災害とは認められなかったため,

裁判を提起しました。

 

 

本件のようなケースで,公務災害と認定されるためには,

公務上の災害の認定基準について」という文書の1キ(キ)の

「地方公務員法第24条第5項の規定に基づく条例に

規定する勤務を要しない日及びこれに相当する日に

特に勤務することを命ぜられた場合の出勤又は退勤の途上」であって,

「合理的な経路若しくは方法によらない場合又は

遅刻若しくは早退の状態にある場合」ではない

という要件を満たす必要があります。

 

 

ようするに,休みの日に出勤することを命じられた場合の

通勤経路の途中の事故であって,

通勤経路が合理的な経路や方法から

逸脱していないことが必要になるのです。

 

 

本件事件では,まず,日曜日に地域防災訓練に参加することが

特に勤務することを命ぜられた場合」に該当するかが争われました。

 

 

なぜならば,校長は,教師に対して,

地域防災訓練への参加を明確に命令していなかったからです。

 

 

とはいえ,職務命令には,明示的なものの他に,

黙示的なものも含まれます

 

 

本件事件では,防災訓練にできるだけ参加するように

具体的な指導があったこと,防災訓練が学校をあげて

取り組むべき行事として位置づけられていたこと,

代休取得の措置がとられていたことなどから,

教師が防災訓練に不参加を申し出ることが

事実上困難であったことから,

黙示的な職務命令があったと認定されました。

 

 

その結果,本件事件で防災訓練に参加することは,

「特に勤務することを命ぜられた場合」

に該当すると判断されたのです。

 

 

次に,防災訓練へ向かう途中で児童の自宅を訪問したことが,

合理的な経路から逸脱したかが争われました。

 

 

 

 

本件事件では,原告の教師は,忘れ物を届けるついでに

児童に防災訓練への参加を呼びかける目的で,

勤経路沿いにある児童の自宅を訪問し,

その訪問時間も数分程度くらいであったことから,

防災訓練への参加と無関係な目的で訪問したわけではないので,

合理的な経路から逸脱していないと認定されました。

 

 

その結果,原告の負傷は,公務災害と認められました。

 

 

今後,災害が増えていく中で,

防災訓練へ参加することがなかば

強制されていく可能性があります。

 

 

防災訓練へ参加する途中や参加中にケガをした場合に,

労災になるかについて,本件事件は参考になると思います。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

非常勤公務員の労災制度

北九州市の非常勤職員として,

区役所の子供・家庭相談コーナーの相談員をしていた女性公務員が,

上司によるパワハラが原因でうつ病を発症し,

その後大量の薬を飲んで死亡したことについて,

遺族が労災を申請しました。

 

 

しかし,北九州市は,条例で定める規則に

非常勤職員やその遺族からの労災申請は認められないとして,

労災申請を却下しました。

 

 

そのため,遺族は,北九州市が条例で

遺族の労災申請を認めていないのは違法であるとして,

裁判を提起しました。

 

 

なぜ,このような不平等な取扱となっているのでしょうか。

 

 

それは,地方公務員の労災の制度が複雑で,

非常勤職員の労災制度に不備があったからなのです。

 

 

まず,公務員は,民間企業と異なり,

さまざまな種類があり,適用される法律が異なります。

 

 

 

一般地方公務員の場合,

現業職員である地方公営企業職員(水道事業や鉄道事業などの職員),

特定地方独立行政法人職員,

単純労務職員(学校給食調理員や学校用務員などの現業職員),

それ以外の非現業職員(県庁や市役所で働く公務員)に分かれます。

 

 

現業職員と非現業職員に分かれる以外に,

常勤職員と非常勤職員に分かれます。

 

 

地方公務員の非常勤職員は,特別職非常勤職員と一般職非常勤職員にわかれ,

通常,任用期間は1年以内とされています。

 

 

そして,地方公務員の労災について,

①現業の常勤職員には,地方公務員災害補償法が適用され,

②現業の非常勤職員には,民間企業の労働者と同じ労災保険法が適用され,

③非現業の常勤職員には,地方公務員災害補償法が適用され,

④非現業の非常勤職員には,地方公共団体の補償条例が適用されます。

 

 

北九州市の事件は,④非現業の非常勤職員に適用される

補償条例が問題となりました。

 

 

地方公務員災害補償法69条には,

「地方公共団体は、条例で、職員以外の地方公務員

(特定地方独立行政法人の役員を除く。)のうち法律

(労働基準法を除く。)による公務上の災害

又は通勤による災害に対する補償の制度が定められていないもの

に対する補償の制度を定めなければならない。」と定められています。

 

 

この法律に基づき,地方公共団体は,

補償条例を制定しているのですが,

以前の補償条例では,非常勤職員や遺族の

労災申請が認められていませんでした。

 

 

 

 

北九州市の労災申請問題で,

非常勤職員や遺族の労災申請が認められないのはおかしい

ということになり,総務省が

「議員・非常勤職員の公務災害補償条例施行規則(案)」

に関する通知を出して,補償条例や規則が改正されて,

非常勤職員や遺族の労災申請が認められることになりました。

 

 

補償条例や規則が改正されて,

非常勤職員や遺族の労災申請が認められるようになり,

不平等な取扱は解消されましたが,

北九州市の遺族の労災申請は,

補償条例が改正される前なので,

依然として北九州市は,遺族の労災申請を拒んでいるようです。

 

 

来年,判決がくだされるようですので,

遺族の労災申請が認められることを期待したいです。

 

 

このように,非常勤職員の労災申請について道が開けたものの,

非正規公務員には,雇用の不安定さや

正規職員との給料の格差といった問題がありますので,

これらを改善していく必要があります。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

労災認定までに時間がかかるときには傷病手当金を受給する

仕事中にけがをして長期間,

会社を休まなければならなくなったとしたら,どうしましょう。

 

 

 

労働者としては,休んでいる期間の

治療費の負担はどうなるのだろうか,

休んでいる期間の給料はどうなるのだろうか,

と不安になりますよね。

 

 

仕事中に労働者がけがをしたときに,

労働者を守ってくれるのが労災保険制度です。

 

 

労災保険を利用すれば,けがの治療費は

労災保険から支給されますし,

会社を休んでいる期間について,

給料の8割程度の休業補償が受けられます。

 

 

さらに,労働者が仕事中に負傷して,

治療のために休んでいる期間は,会社は,

労働者を解雇することができません。

 

 

労働者は,労災保険を利用して休んでいる限り,

安心して治療に専念することができるのです。

 

 

 

もっとも,精神障害などの労災認定の場合,

労働基準監督署の調査に時間がかかり,

労災の給付が開始されるのに時間がかかる場合があります。

 

 

労災と認定されるまでの間,何も手当がなければ,

労働者の生活は困窮してしまいます。

 

 

そこで,労災申請して,労災と認定されるまでに

時間がかかる場合には,健康保険の傷病手当金

の支給を受けることを検討します。

 

 

傷病手当金は,仕事以外の原因で負傷して,

それによって働けなくなった場合に,休んでいた期間のうち,

賃金が支払われなかった期間について,支給されるものです。

 

 

傷病手当金の金額は,おおむね給料の3分の2相当額であり,

支給開始から最長で1年6ヶ月の期間支給されます。

 

 

傷病手当金は仕事以外の原因で負傷した場合に支給され,

労災の補償は仕事が原因で負傷した場合に支給されるので,

2つの制度は両立しません。

 

 

そのため,労災と認定されるまでの期間,

傷病手当金の支給を受けた後に,

労災認定された場合には,

既に支払われた傷病手当金を返還しなければなりません

 

 

 

 

この場合,労災と認定されるまでに休業していた期間について,

さかのぼって労災の休業補償給付が支給されるので,

これを傷病手当金の返還に充てることができます。

 

 

したがって,労災の申請をしても,

労災と認定されるまでに時間がかかるときには,

傷病手当金を利用して生活を維持することを検討すべきです。

 

 

ただ,傷病手当金を受給する上で注意する点があります。

 

 

それは,傷病手当金を受給するためには,

傷病手当金の申請書に必ず会社の証明が

必要になるということです。

 

 

会社が申請書に証明してくれないと,

労働者は,傷病手当金を受給できないのです。

 

 

(傷病手当金の申請書についてはこちらのサイトをご参照ください)

https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g2/cat230/r124

 

 

労災申請の場合,会社が労災の申請書に証明をしてくれなくても,

そのことを説明して労働基準監督署に申請書を提出すれば

受け付けてくれるのですが,傷病手当金の場合,

会社の証明がないと,申請書を受け付けてくれないのです。

 

 

ここが,傷病手当金のおかしな点なので,

改善すべきと思うのですが,実務がそうなっているので,

なんとか会社に証明してもらうしかないのです。

 

 

弁護士が傷病手当金の申請書の証明を求めると,

会社が警戒して,証明をしてくれないことがあるので,

労働者が直接,証明を求めたほうが手続がスムーズにいくことがあります。

 

 

仕事以外のけがで会社を長期間休んだり,

労災の認定がされるまで時間がかかるときには,

傷病手当金を受給するようにしてください。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

研修中にけがをしたら・・・

人が通行している道路において大声で

自己紹介や今後の抱負を発表させられる,

度胸をつけるだめだと称してナンパをさせられる。

 

 

ブラック企業は,新入社員を,なんでも言うことを聞く,

会社にとって都合のいい人間に育て上げるために,

新人研修で社員を洗脳していきます。

 

 

 

 

研修講師が,新入社員を罵倒し,

人格を否定することを発言して,

新入社員を追い込み,会社の言うことを

聞くように洗脳していくのです。

 

 

このような新人研修はブラック研修と呼ばれ,

若者がブラック研修によって体調を崩し,

精神疾患を発症することが問題視されています。

 

 

それでは,このようなブラックな新人研修中に,

新入社員がけがをした場合,会社に対して,

どのような請求をすることができるのでしょうか。

 

 

本日は,新人研修中に負傷した新入社員が会社に

損害賠償請求をしたサニックス事件を紹介します

(広島地裁福山支部平成30年2月22日判決・

労働判例1183号29頁)。

 

 

この事件では,新人研修のカリキュラムの一つである

24kmを制限時間5時間で完歩する歩行訓練の際に,

48歳で身長171㎝,体重101.3kgの

男性の新入社員が右足と左足を負傷しました。

 

 

 

 

新入社員の男性は,労災申請し,

右足関節の機能障害(関節の動きが制限されること等です)

が右足関節離断性骨軟骨炎によるもので,

後遺障害等級10級10号に該当し,

左下肢の神経障害(痛みやしびれが生じること等です)

が後遺障害等級12級10号に該当すると判断されました。

 

 

労災が認定されると,国から,治療費の補償,

休業補償(けがで休んでいた期間の給料の補填),

後遺障害の補償(後遺障害残ったことの補償)

が受けられます。

 

 

しかし,労災では,休業補償は給料の8割

までしか補償されませんし,慰謝料の支払もされません。

 

 

そこで,労災ではけがをした労働者の損害の補償

として不足している部分について,労働者は,

会社に対して,損害賠償請求をします。

 

 

会社には,労働者の生命や健康を危険から

保護するように配慮すべき義務(安全配慮義務

を負っているので,労働者が労災で負傷した場合には,

会社が安全配慮義務を怠った可能性があるのです。

 

 

 

本件事件では,新入社員の男性が歩行訓練中に転倒して,

右足関節を痛めて,歩行訓練の中断や病院受診を求めても,

会社は,これを拒絶して歩行訓練を継続させました。

 

 

これが原因となって,新入社員の男性が

後遺障害が残る負傷をしたのですから,

会社の安全配慮義務違反が認められました。

 

 

また,労災事故の被害者に持病があり,

それが損害発生の原因になっている場合に,

損害額を減額することを素因減額といいます。

 

 

本件事件では,新入社員の男性に

軽度の変形性関節症があったのですが,

研修の前には何も症状がなく,軽度であったことから,

会社が主張した素因減額は認められませんでした。

 

 

結果として,合計1592万1515円の損害賠償が認められました。

 

 

このように,会社の研修中にけがをした場合,

まずは,労災請求をし,労災の認定を受けてから,

会社に対して,損害賠償請求をしていきます。

 

 

労働者が負傷するようなブラック研修が

実施されないようになっていってもらいたいです。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

労災の損害賠償請求における過失相殺と素因減額

働き過ぎで,うつ病などの精神疾患を発症した場合,

自分のメンタルヘルスについての情報を会社に報告しなかったり,

治療期間が長くなっていることは労働者の個人的な要因が

原因であるとして,損害賠償請求を減額できるのでしょうか。

 

 

この争点について,重要な判断がされた

東芝(うつ病・解雇)事件を紹介します

(最高裁平成26年3月24日判決・

労働判例1094号22頁)

 

 

先日の過労死弁護団の総会で,

川人先生から教えてもらった重要な裁判例です。

 

 

原告の労働者は,初めてプロジェクトリーダーになったものの,

仕事の期限や日程を短縮され,上司から厳しい指示を受けていました。

 

 

他方,プロジェクトの人員を理由なく減員されたり,

過去に経験のない仕事を新たに命じられました。

 

 

このような過重な仕事をしていたので,

時間外労働や休日労働が増え,原告は,

頭痛,めまい,不眠などの症状がでて,

病院に通い,仕事を休むようになりました。

 

 

 

 

この過程において,原告は,会社に対して,

神経科へ通院していること,病名を会社に報告していませんでした。

 

 

まず,このような労働者のメンタルヘルスの情報を

会社に伝えなかったことが,原告の落ち度として

過失相殺されるのかが争われました。

 

 

過失相殺とは,労働者に発生した損害について,

労働者にも落ち度があれば,その落ち度を考慮して,

損害額を減額することです。

 

 

東芝事件の最高裁は,労働者のメンタルヘルスの情報は,

プライバシーに関わる情報であり,人事考課に影響するので,

通常は職場に知られたくありません。

 

 

そこで,会社は,労働者からメンタルヘルスの情報の

申告がなかったとしても,過重な仕事で労働者の体調悪化が

みてとれるのであれば,仕事を軽減するなどの

配慮をしなければなりません。

 

 

 

よって,労働者が,メンタルヘルスの情報を申告しなかったことを

根拠に過失相殺はできないと判断されました。

 

 

次に,労働者が長期間うつ病の治療を続けていること

労働者の脆弱性に原因があるとして素因減額

ができるのかが争点となりました,

 

 

素因減額とは,労働者の病気や私生活上の要因,性格

などの素因を理由に,損害額を減額することです。

 

 

東芝事件の最高裁は,同じ仕事をしている労働者と比べて,

通常想定される範囲を外れる脆弱性があるかを検討し,

原告は,仕事が荷重になる前は,普通に働いていたので,

素因減額はできないと判断しました。

 

 

過失相殺や素因減額がされると,

労働者がもらえる損害賠償金が減ってしまうのですが,

東芝事件の最高裁は,精神疾患の事件では,

安易に過失相殺や素因減額を認めるべきではないと判断しており,

労働者に有利に活用できます。

 

 

精神疾患の事案で,会社から過失相殺や素因減額の主張がされたら,

東芝事件の最高裁判決を活用して反論していくことが重要になります。

 

 

本日もお読みいただき,ありがとうございます。