労働審判における口外禁止条項が違法になる場合

1 口外禁止条項とは

 

 

不当解雇や未払残業代請求といった労働事件の裁判で和解するときや、

労働審判手続で調停をするときに、会社側から、和解条項や調停条項に、

口外禁止条項をいれることを求められることがよくあります。

 

 

口外禁止条項とは、「申立人と相手方は、本件に関し、

正当な理由のない限り、第三者に対して口外しないことを約束する」

という内容のものであり、要するに、

事件のことをしゃべってはいけないというものです。

 

 

 

なぜ、会社が、このような口外禁止条項を求めるのかといいますと、

会社が労働者との間で紛争になり、会社が労働者に対して、

いくらかの金銭を支払ったことが明らかになれば、

他の労働者も、会社に対して、同じような請求してくるかもしれず、

会社は、それを防ぎたいからなのです。

 

 

特に、未払残業代請求事件の場合、

請求をしている労働者だけが、

残業をしていることは稀で、

他の多くの労働者も同じように残業していることがほとんどなので、

他の労働者からも未払残業代請求をされたくなので、

会社は、口外禁止条項をいれたがります。

 

 

通常の労働事件ですと、その労働事件だけを解決するだけでよく、

他の労働者のことをあまり考えませんし、仮に、

口外禁止条項をいれたとしても、

当事者の労働者が口外禁止条項に違反して、

情報を漏らしたことを立証することは困難なので、

ある種の紳士規定としての意味しかないので、私も、

これまでは口外禁止条項に、それほど抵抗していませんでした。

 

 

2 労働審判の口外禁止条項を違法と判断した長崎地裁令和2年12月1日判決

 

 

この口外禁止条項について、重要な判決がありました。

 

 

長崎地裁令和2年12月1日判決です。

 

 

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODG043XK0U0A201C2000000

 

 

この事件では、もともと労働者に有利な230万円の解決金を

会社に支払わせる労働審判が宣告されたのですが、

この労働審判に、口外禁止条項がいれられました。

 

 

労働審判手続において、相手方の会社から、

口外禁止条項をいれるように求められましたが、

申立人の労働者は、支えてくれた同僚に報告できなくなることを

避けるために、泣きながら、

「終わったということは伝えたい。

同僚が励ましてくれて、それが精神的な支えになってきた。

それを何もなしでは済まされないと思っている」

と裁判所に伝えたようです。

 

 

それでも、労働審判で口外禁止条項がはいってしまったので、

申立人の労働者が国に対して、

慰謝料を請求する国家賠償請求訴訟を提起したのです。

 

 

長崎地裁は、労働審判について、

事案の解決のために相当なものでなければならないという

相当性の要件が必要であると判断しました。

 

 

そして、相当性の要件を満たすためには、

労働審判の申立ての対象である労働関係に係る

権利関係と合理的関連性があるか、

手続きの経緯において、当事者にとって、

受容可能性及び予測可能性があるか

といった観点から検討することとなりました。

 

 

本件事件において、第三者に口外されることで、

不正確な情報が伝わることにより、

無用な紛争を未然に防ぐために、

合理的関連性はあり、本件口外禁止条項は、

当事者にとって、不意打ちではなく、

予測可能性もあると判断されました。

 

 

もっとも、当事者に過大な負担となるなど、

消極的な合意されも期待できないような場合には、

当事者が明確に拒絶した調停案と同趣旨の労働審判は、

受容可能性はないというべきであるから、

相当性の要件を欠くことになると判断されました。

 

 

 

そして、申立人の労働者は、将来にわたって、

本件口外禁止条項に基づく義務を負い続けることになり、

その心情と併せれば、過大な負担を強いることになるので、

受容可能性はなく、違法と判断されました。

 

 

労働審判における口外禁止条項が違法と判断されたのは、

初めてであり、画期的な判決です。

 

 

安易に、口外禁止条項を設けると、

会社の違法や不正を隠蔽することにつながってしまうので、

しっかりと抵抗することが大切ですね。

 

 

この判決を受けて、口外禁止条項には安易に妥協せずに、

しっかりと交渉していこうと考えました。

 

 

本日もお読みいただきありがとうございます。

うつ病を理由に退職した社員に対する損害賠償請求が不法行為とされた事例

 会社が,うつ病を理由に退職した社員に対して,虚偽の事実を捏造して退職し,就業規則に違反して業務の引き継ぎをしなかったことが不法行為に当たるとして,当該社員に対して,合計1270万5144円の損害賠償請求をしたのに対して,当該社員が,損害賠償請求の反訴をして,会社の訴訟提起が不法行為に該当すると判断された珍しい事件があったので紹介します(横浜地裁平成29年3月30日判決・労働判例1159号5頁・プロシード事件)。

 

 まず,会社は,当該社員が退職したことによって,合計1270万5144円の損害が発生したと主張しましたが,労働者は,退職の2週間前までに労働契約の解約の申し入れをすれば退職をできるのであるから,会社が主張する損害と当該社員との行動の間には因果関係がないと判断され,損害賠償請求は認められませんでした。

 

 次に,会社の訴え提起そのものが不法行為になるかについて,通常はよほどのことが無い限り違法とはならないのですが,本件においては,会社の損害賠償請求は,事実的,法律的根拠を欠くものというべきであり,会社が主張する損害が生じ得ないことは,通常人であれば容易にそのことを知り得たにもかかわらず,当該社員の月収の5年分以上に相当する1270万5144円もの大金の損害賠償請求をすることは,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとして,訴えの提起自体が不法行為に該当するとされました。

 

 憲法では,裁判を受ける権利が保障されている関係で,訴えの提起そのものが不法行為に該当することはめったにないのですが,本件では,会社の損害発生自体が怪しい上に,月収の5年分以上もの高額の損害賠償請求をしたことが,あまりにも行き過ぎであり,かつ,労働者の退職の自由を侵害することになることから,いくらなんでもやり過ぎであると裁判所が判断したのかもしれません。労働者は,基本的には退職の2週間前までに退職の意思表示をすればいいことが確認され,使用者が杜撰な理由で労働者を訴えた場合に不法行為になる可能性があることを認めた意味で,労働者にとって重要な判決だと思いましたので紹介します。

 

グレード降格と減給は人事権の濫用として無効とした事例

 Chubb損害保険株式会社に勤務する労働者のジョブグレード降格に伴う減給が争点となり,労働者が勝訴した事件(東京地裁平成29年5月31日判決・Chubb損保事件)を紹介します。

 

 原告は,具体的な理由を告げられることなく,数理部から内部監査部へ異動になった際に,ジョブグレードが7Sから6Sに引き下げられて,手当が2万5000円に減額されました。また,原告は,上司からハラスメントを受け,また,PIPPerformance Improvement Plan:業務改善プログラム)を実施させられて体調を崩して休職しました。休職後に職場に復帰しましたが,リハビリ勤務をしていたところ,リハビリ勤務期間の給与が1割カットされました。

 

 判決では,「本件降格は,労働者にとって最も重要な労働条件である賃金を不利益に変更するものであるから,労働者の個別の同意若しくは就業規則や賃金規程上の明確な根拠が必要というべきであり,かかる就業規則等の明確な根拠規定もなく,労働者の個別の同意もないままに,使用者が一方的行為により従業員のグレードを引き下げること(降格)は,人事権を濫用するものとして許されない」と示されました。

 

 被告は,パワーポイントの資料を就業規則と主張したようですが,就業規則とは認められませんでした。また,原告が降格について異議を述べたことから,真意に基づく同意がないとされました。そのため,ジョブグレードの引き下げは人事権の濫用にあたると認定されました。

 

 また,判決は,リハビリ勤務の一部の期間について,基本給の1割減額を継続することは,被告の人事上の裁量権を逸脱した違法な措置であるとしました。

 

 労働者は,降格されて給料が減額された場合,その措置に納得がいかないのであれば,はっきりと異議を述べて,安易に給料減額に同意してはならないのです。会社の降格を争う際に,参考になる判例です。

 

地位保全仮処分申立事件において保全の必要性が認められれた事件

 解雇を裁判で争う場合,通常訴訟,労働審判,仮処分の3つの裁判手続の中から選択します。通常訴訟や労働審判ですと,解雇が客観的合理的理由がなく,社会通念上相当ではないとして無効になるか否かが争点となります。これに対して,仮処分の場合,解雇が無効か否かにプラスして,労働者が「保全の必要性」を疎明しなければなりません。地位保全仮処分における保全の必要性とは,労働者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるために必要と認められることをいいます(民事保全法23条2項)。要は,今すぐ会社へ職場復帰しなければ,労働者にとても大きな不利益が生じてしまうようなこと(特殊な職種で就労できないことにより専門的技術が低下すること,就労が資格や免許の要件になっていること等)を疎明する必要があるのです。

 

 この保全の必要性のハードルが高いので,よほどの事情がない限り,通常訴訟か労働審判を選択することが多いのが現状です。

 

 ところが,この保全の必要性を認めて,地位保全の仮処分が認められた決定があるので紹介します。東京高裁平成28年9月7日決定・学校法人常葉学園事件(労働判例1154号・48頁)です。この事件は,学校法人から懲戒解雇された短大の准教授が,懲戒解雇は無効であるとして,労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることの仮処分命令の申立をしたものです。

 

 まず,申立人に対する懲戒事由が認められるものの,申立人の非違行為に対する懲戒処分としては,懲戒解雇より緩やかな停職等の処分を選択した上で,申立人に対して教職員としてとるべき行動について指導することも十分に可能であったとして,本件懲戒解雇は重きに失するとされました。要するに,今回の違反行為に対して懲戒解雇は処分として重すぎるので,懲戒解雇の相当性は認められないと判示されました。

 

 その上で,保全の必要性については,申立人は,教育・研究活動に従事する者であり,申立人の教職員の地位を離れては,申立人の教育・研究活動に著しい支障が生じることが明らかであり,学校法人との間で労働契約上の権利を有する地位を仮に認めなければ,申立人に回復し難い著しい損害が生じるとして,保全の必要性を認めました。

 

 大学教授等の研究者の場合,解雇を裁判で争っている間に研究ができなくなると,能力が次第に低下していき,大学教授として再起できなくなるリスクがあることから,保全の必要性が認められやすいのかもしれません。仮の地位を定める仮処分において保全の必要性が認めれた珍しい事例ですので紹介しました。