お盆休みのお知らせ

当事務所は,8月15日,お盆休みのため,営業しておりません。

 

その他の日は,暦どおりに営業しております。

依頼者様の声のページを更新しました。

労働事件と相続事件について,依頼者様の声のページを更新しました。

https://www.kanazawagoudoulaw.com/portfolio-item/iraishanokoe20180710

https://www.kanazawagoudoulaw.com/portfolio-item/iraishanokoe20180710-3

https://www.kanazawagoudoulaw.com/portfolio-item/iraishanokoe20180710-2

 

 

 

ホームページ改訂のお知らせ

労働事件のトップページを改訂しました。 https://www.kanazawagoudoulaw.com/service/roudou/

パワハラ・セクハラのページを改訂しました。 https://www.kanazawagoudoulaw.com/service/roudou/harassment/

依頼者さまの声のページを新設しました。 https://www.kanazawagoudoulaw.com/voice/

解雇と専門業務型裁量労働制の適用を争い,解雇撤回と未払残業代600万円を勝ち取った事件

クライアントは,テレビ番組やコマーシャルの企画制作,結婚式における映像を制作する会社の課長として働いていましたが,会社から「業務上の指示,命令にしばしば従わず,チームワークを乱すなど組織不適応と認められるため。」という理由で解雇されました。

 

クライアントの話を聞くに,クライアントは,社長や上司の指示に従っており,組織不適応とはいえないことから,解雇を争うことにしました。また,クライアントは,長時間労働していたのですが,裁量労働手当として毎月23,000円の支払を受けていただけで,適法に残業代が支払われていなかったことから,未払残業代を計算して,合計約716万円の未払残業代を請求しました。

 

裁判では,被告会社は,クライアントが放送番組の制作におけるプロデューサーであると主張して,クライアントには,専門業務型裁量労働制が適用されるとして争ってきました。

 

しかし,クライアントが行っていた仕事は,結婚式場への営業と結婚式当日における映像の撮影・編集等であり,クライアントは,プロデューサーではないと主張しました。

 

また,専門業務型裁量労働制の要件として,「対象業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し,当該対象業務に従事する労働者に対し使用者が具体的な指示をしないこと」という要件がありますが,クライアントの上司は,クライアントに対し,新規の営業や報告書の提出を求めるといった具体的な指示をしていたので,この要件を満たしていませんでした。

 

さらに,専門業務型裁量労働制の労使協定を締結するには,労使協定を締結する労働者の過半数代表を投票や挙手で選出しなければなりませんが,被告会社では,労働者の過半数代表を選出する手続が何も実施されていませんでした。

 

このように,被告会社の専門業務型裁量労働制は労働基準法の要件を満たしていないため,クライアントには専門業務型裁量労働制が適用されず,クライアントの未払残業代請求が認められることになり,最終的には,被告会社がクライアントに対して600万円の未払残業代を支払い,さらに,被告会社の解雇を撤回させて,和解が成立しました。

 

専門業務型裁量労働制は,労働基準法の要件が厳しく,適法に専門業務型裁量労働制を運用している会社は少ないと考えられます。裁量労働だからという理由で,会社から残業代が支払われていない場合,未払残業代が請求できる可能性がありますので,弁護士へ一度ご相談することをおすすめします。

労働災害,残業代請求,解雇のページをリニューアルしました

労働災害のページ(https://www.kanazawagoudoulaw.com/service/roudou/rousai/)
残業代請求のページ(https://www.kanazawagoudoulaw.com/service/roudou/zangyou/)
解雇のページ(https://www.kanazawagoudoulaw.com/service/roudou/kaiko/)

について,記事内容を充実させて,リニューアルしました。

労働判例の遊筆に飯森弁護士のコラムが掲載されました

労働判例1168号の「遊筆」のページに,飯森弁護士の「なんでも屋と労働事件」というコラムが掲載されました。

年末年始の休業のお知らせ

平成29年1月29日から平成30年1月4日まで年末年始の休業となります。仕事始めは,平成30年1月5日からとなりますので,よろしくお願い致します。

徳田弁護士のブログ

徳田弁護士のブログを開設しました。労働事件の情報発信をしていきますので,時折チェックしていただければ幸いです。

 

飯森和彦弁護士のコラム「なんでも屋と労働事件」

1 私は1986年4月に弁護士登録をした。念願だった梨木作次郎先生のおられる金沢合同法律事務所に入所した。弱い人々の力になりたいと思っていた。が、梨木先生は「弱い人という者はいない」と言われた。団結することによって困難な状況にある人々も情勢を変える力を持てる、という意味だと理解した。

2 事務所の傾向から、新人の私も入所直後から様々な事件にかかわるようになった。山中温泉殺人冤罪事件(死刑判決を最高裁が破棄、その後、差戻審で無罪)では、当事務所の先輩弁護士(菅野昭夫、鳥毛美範両弁護士)らを中心として、東京などからも著名な先生方が参加する大弁護団が組織されていた。私も何も分からないまま参加し、最後は「共犯者の引き込み供述」を弾劾するための夜間検証を担当した。また、金沢はある裁判官が「石川県の人は民度が高い」と言われたように、様々な社会的な事件が訴訟として争われていて、いくつも弁護団が組織されていた。小松基地爆音差止請求訴訟もその一つで、私も飛行差止班に参加した。自衛隊機・米軍機の離着陸は憲法9条に反するとして夜間等の飛行の差止めと損害賠償を求めるもので、この種では全国で初めての訴訟であった。

そして労働事件としては、入所間もなく国労差別事件にかかわった。国鉄分割民営化の中で国労(国鉄労働組合)排除を目的とする「人材活用センター」を始めとした組合差別が大がかりになされていた。石川県の組合員も、全国同様、仮処分命令申立や地労委申立をし、私も代理人の一人として活動した。そこでは菅野昭夫弁護士や他の労働弁護士らの参加する会議を通じて労働事件を学んだ。それとともに、国労組合員らの労働者としての能力の高さ、労基法を使用者側に厳守させようと筋を通すたくましさ、誠実な姿勢、それでいて対立する会社の上司と一定の人間関係を作れる人柄などを見て、労働者に対する親近感と信頼感を持つようになった。この経験は私が労働事件を好きになる大きな動機となった。

3 ではその後は労働事件専門弁護士になったのか。いや、そうではない。地方では様々な事件が事務所にやってくる。それに対応しなければならない。

労働事件として、個別解雇事件、過労労災事件などのほか、トンネルじん肺石川富山訴訟を1997年から弁護団事務局長として担当してきた。7名の高校教員の解雇事件で、全員復帰をさせることもできた(弁護団編成事件)。 現在とても多い時間外労働手当請求事件では、菅野和夫先生の『労働法』でも紹介されるような判例を取ることもできた。本来は使用者が労働者の労働時間を管理すべきところ、それを怠っている例ではその不利益を労働者に課すのは不相当として、労働者が手帳に付けた記録にもとづき時間外労働を認定した例である(金沢地裁平成26年9月30日判決。労判1107号)。

刑事事件では、ひき逃げ死亡事故冤罪事件での無罪判決(弁護団主任担当)、犯罪者の更生支援、憲法関係では、自治体による市民の表現の自由への侵害を正す裁判もやってきた(弁護団編成、勝利和解)。

4 こうして私は今後とも、刑事事件、憲法関係訴訟そして労働事件をずっとやっていきたいと考えている。

菅野弁護士50周年記念

当事務所の所長である菅野昭夫弁護士が今年で弁護士登録をして50周年になることから,50周年を記念する祝賀会を開催しました。

 

菅野弁護士は,1968年に弁護士となり,以来,当事務所で様々な民事事件,労働事件,行政事件,刑事事件に取り組んできました。数ある事件の中で最も印象に残っているのが北陸スモン訴訟です。

 

北陸スモン訴訟は,1973年5月に金沢地裁に提訴され,原告数は総勢195人にのぼりました。菅野弁護士は,弁護士5年目にして,北陸スモン弁護団の事務局長をつとめました。全国的な活動の中で,闘いの課題は,被害者の救済,及び,薬害被害者救済制度と薬事法の抜本的改正にあり,連続した勝利判決により被告の国と製薬会社の法的責任を明らかにさせて,全国的超党派的な世論と運動を巻き起こして,それらの課題を実現させていくという全国的戦略が樹立されました。

 

この戦略の中で,1978年3月1日金沢地方裁判所で原告の勝利判決がくだされました。この判決の日には,全国から200人近い記者が金沢地方裁判所前に集まり,実況用のテント村ができ,裁判所の構内で大集会が開かれたようです。

 

その後,他の地方裁判所での勝利判決と,当時の厚生省及び製薬会社との交渉,国会要請などを通じて,スモン訴訟は,1979年に中央での厚生大臣と製薬会社社長との全面解決確認書の調印,国会での新薬事法及び薬害被害者救済制度法の成立がなされ,その年から数年にわたり,各地方裁判所での和解成立を通して,全面解決の運びとなりました。

 

また,菅野弁護士は,スモン訴訟において,医学,薬学の英語の文献を読み,外国人証人の尋問をすることになりました。そのような中,一念発起して,英語の勉強をし直し,アメリカのナショナル・ロイヤーズ・ギルドという進歩的な弁護士集団と交流し,アーサー・キノイ弁護士の著書「試練に立つ権利~ある民衆の弁護士の物語~」を翻訳して出版しました。

 

激動の時代に,民衆の権利擁護に尽力してきた菅野弁護士の功績に思いを馳せ,金沢合同法律事務所の弁護士達は,菅野弁護士の魂を受け継ぎ,今後とも,クライアントの権利擁護につとめてまいります。